作家 しんめいPさん 家族は1人1人が役割を演じるフィクション 役柄だけでないそれぞれの人生がある

井上昇治 (2025年9月28日付 東京新聞朝刊)

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しんめいPさん(井上昇治撮影)

カット・家族のこと話そう

各界で活躍する著名人が家族との思い出深いエピーソードを語るコーナーです

会社でも家庭でもチームプレーに挫折

 和歌山市に近い大阪府岬町の出身です。子供の頃は地方公務員の父と、母との3人暮らしでした。僕は母が40歳のときに生まれた1人っ子です。その後、母は乳がんで入院して、退院後は僕の祖父母の介護。育児に時間を割ける状況ではありませんでした。中学校で部活に入らなかったこともあって、僕は少年時代、1人で過ごす時間が長かったんです。

 高校は大阪市内の私立の進学校。この頃から親との関係がぎくしゃくして、過干渉気味の母とは馬が合わなくなりました。現役で東大に入ったときは喜んでくれましたが、「せっかく育てたのに東京に行ってしまうのか」という思いもあったようです。両親とちゃんとしたコミュニケーションが取れなくなりました。

 大学を卒業し、IT企業に就職しましたが、適応できませんでした。自分の時間感覚ではIT企業のスピードになじめず、チームワークも苦手でした。会社の期待に応えられず「自分がいたら迷惑かな」と思って辞めました。

 総務省の官僚だった高校、大学の先輩のつてで鹿児島県内の地域おこし協力隊として働きましたが、これも挫折。憧れだったお笑い芸人になろうと、ピン芸のRー1グランプリに挑戦しても1回戦敗退でした。母親からは「定職に就いたほうがいい」と言われました。結婚していたIT企業の同期とも離婚。自分の両親とも、会社でも、結婚しても、チームプレーができなかったということでは全部つながっていると思います。

父親になっても「家族」になじめない

 逃げ帰るように大阪の実家に戻りました。十数年ぶりに親と本心で話さざるをえなくなりましたが、その時間が親子関係を結び直すきっかけになりました。わだかまりが少しは解けたのかな、と。

 自宅の本棚にあった東洋哲学の本を読んでネットで文章を書いたところ、昨年4月の出版につながりました。その2カ月後に母が脳出血で倒れ、今も施設に入っています。70代の両親と向き合うことが増え、僕も2回目の結婚をし、今は子ども2人の父親。それでもまだ“家族”にはなじめないところがあります。

 出版した本では、空(くう)の哲学について書いた箇所で、「この世はフィクションだ」と書いています。家族もフィクションです。言語道断だと言う人もいるでしょうけど、僕にとっては、そんな東洋哲学が救いになったんです。

 家族は1人1人が役割を演じることで保たれています。だから無意味なのではなく、役割を演じるのも愛があるから。両親も「お父さん」や「お母さん」の役柄を演じているんだけど、だからこそ、役柄だけではないそれぞれの人生があるんだということがやっと分かってきました。自分が宇宙人であるかのように、人間世界の家族というものを勉強している感じですね。

しんめいP(しんめいぴー) 

 1988年、大阪府生まれ。東京大法学部卒。大手IT企業で海外事業に携わるが、仕事ができないことを自覚して退職。地域おこし協力隊、芸人を経て、実家でひきこもりに。東洋哲学に出合って投稿サイト「note」につづった文章が話題になり、2024年、『自分とか、ないから。教養としての東洋哲学』を出版。20万部を超えるベストセラーとなる。

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