〈古泉智浩の里親映画の世界〉vol.32『レッド・ファミリー』 疑似家族が最後に演じたものは

古泉智浩「里親映画の世界」

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vol.32『レッド・ファミリー』(2014年/韓国/16歳/女/偽装)

採点表

 韓国は北朝鮮と緊張関係にあり、韓国映画でも国境地帯での軍事的な暴発などがよくテーマとなります。『レッド・ファミリー』は北朝鮮の諜報員が韓国で家族になりすまし、諜報や暗殺などの活動が描かれます。一家は、おじいちゃん(ソン・ビョンホ)、お母さん(キム・ユミ)、お父さん(チョン・ウ)、娘(パク・ソヨン)の4人家族です。

 里親など血縁のない家族を描いた作品を「疑似家族もの」というのですが、僕は「疑似」という言葉に冷たさを感じて抵抗があります。釣りでは「疑似餌」「ルアー」と呼ばれるプラスチックの魚を使って、狙った魚をだまして釣る手法があります。「疑似」という言葉を聞くと、ルアーのような印象を持つからだと思います。でも、この映画は見る人を欺くために偽装している、正に「疑似家族」です。

 隣の一家と親しくしていて、彼らの前ではおじいちゃんを立てて、年長者を敬う一家。ですが、一歩家の中に入ると、お母さんの態度が豹変します。軍での階級がお母さんが一番高い班長で、おじいちゃん、お父さん、娘はビシッと背筋を伸ばし気をつけの姿勢で並びます。 「さっきの態度はなんだ、たるんでいるぞ」 。お母さんは彼らを叱責し、体罰もあります。おじいちゃんがお母さんに罵倒され蹴られる光景は異様です。

 彼らはそれぞれ本当の家族が北朝鮮にいるのです。活動に失敗すると、家族が収容所に送られたり、最悪の場合死刑となります。そんな過酷な運命を背負っているのですが、隣の一家からは仲睦まじい理想の家族として見られています。お隣さんも、おばあちゃん、お母さん、お父さん、高校生の息子の4人家族。お母さんはほとんど家事をせず、闇金で借金をするようなだらしのない性格で、子どもができたから仕方なく離婚せずにいるとお父さんは語り、高校生の息子に呆れられます。

 主人公の一家はそんなお隣さんを「資本主義に毒され堕落した生活を送る人々」と見なしていますが、自由に心にある言葉を口にする、その結果ののしり合いがしょっちゅう起こります。大声で罵倒し合うため、家の中まで筒抜けです。ある日、お母さんが買ってきた植木が枯れていたのを発見して悲鳴を上げます。

 「どうした? うるさいな」

 「水をやることもできないの?」

 「枯らすなら抜いてくるな」

 「お義母さんもよろこんでいたじゃない」

 「家事もできないくせに」

 「あんたの稼ぎはどうなのよ」

 感情の赴くまま言葉を吐き出すお隣さん一家を主人公一家はうらやましく思います。偽装家族とはいえ、韓国で暮らしていると北朝鮮の政策への矛盾や不満は募ります。彼らは軍人であり、自由に発言することは許されません。その上、家には盗聴器が仕掛けられていて彼らは監視されてもいるのです。  

※さて、ここからネタバレとなりますので、この映画をこれから見ようという人は絶対に読まないでください。

 (僕は公開時に映画館で見て、今回見返そうとしたらレンタルDVDでの扱いが近くの店でなく、困っていたらアマゾンプライムビデオにありました。プライム会員なら無料で視聴できます)  

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 物語は、疑似家族のお父さんの北朝鮮での本当の妻が、脱北を試みて失敗したとの情報が班長にもたらされ、一気に緊張感が高まります。彼らは本来、指令があってその任務を遂行するのですが、手柄を立てればお父さんの本当の妻を許してもらえるかもしれません。班長は、脱北した元北朝鮮の軍の幹部の暗殺を企て、成功させます。ところが、その元北朝鮮軍幹部は北朝鮮が送り込んだスパイであったため、大失態となります。彼ら全員死刑となるだけでなく、北朝鮮で暮らす家族も連帯責任で死刑であると管理責任者に告げられます。 

 北朝鮮に暮らす家族だけは許してほしいと願う彼らに、管理責任者は隣の韓国人家族を全員殺せば北朝鮮に暮らす家族だけは許してやると言います。そうして、主人公一家は隣の家族をキャンプに連れ出して暗殺する計画を立てます。何も知らないお隣さん一家は大喜びでキャンプに来ます。いくら本当の家族のためとはいえ、全然関係のないお人よしの一家を殺すことなどできるでしょうか。さあ、どうなることでしょう。

 結局のところ、お隣さんを殺すのは間違いだと、主人公一家は自分たちを監視しているチームを襲って木に縛りつけます。なんとか、北朝鮮の家族には手を出さず自分たちの命だけで許してほしいと訴えます。縛りを解かれた監視チームは主人公一家を針金を手のひらに突き刺して繋ぎ、船に乗せます。いよいよ最期を迎えようとするその瞬間、主人公一家はお隣さん一家が枯れた植木で揉めていた場面をそれぞれセリフをコピーして叫びます。

 「どうした? うるさいな」

 「水をやることもできないの?」

 「枯らすなら抜いてくるな」

 「お義母さんもよろこんでいたじゃない」

 「家事もできないくせに」

 「あんたの稼ぎはどうなのよ」

 偽装家族が最後の最後に演じたのが隣のだらしなくても温かく自由な家族でした。お隣さんを演じることで本当の家族となって最期を迎えようとしているかのようです。今回紹介するに当たって、見返したところ「これはあんまり里親映画じゃなかったかな」と不安になったのですが、ラストシーンは紛れもなく血縁がなくても家族でした。このチョイスに間違いないと胸を張っておすすめします!

写真「レッド・ファミリー」のDVD

『レッド・ファミリー』
監督:イ・ジュヒョン
製作総指揮・脚本・編集:キム・ギドク
DVD販売中 ¥1,257(税込)
発売・販売元:ギャガ
© 2013 KIM Ki-duk Film. All Rights Reserved.

古泉智浩(こいずみ・ともひろ)

 1969年、新潟県生まれ。1993年にヤングマガジンちばてつや賞大賞を受賞してデビュー。代表作に『ジンバルロック』『死んだ目をした少年』『チェリーボーイズ』など。不妊治療を経て里親になるまでの経緯を書いたエッセイ『うちの子になりなよ ある漫画家の里親入門』や続編のコミックエッセイ『うちの子になりなよ 里子を特別養子縁組しました』で、里子との日々を描いて話題を呼んだ。現在、漫画配信サイト「Vコミ」にて『漫画 うちの子になりなよ』連載中。

 〈古泉智浩 里親映画の世界〉イントロダクション―僕の背中を押してくれた「里親映画」とは?

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