誰もが虐待グレーゾーン…「子育ては一人では無理」 大日向雅美さんが説く母性観の幻想

(2019年11月5日付 東京新聞朝刊に一部加筆)
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「完璧な親なんていない」と語る、恵泉女学園大学長の大日向雅美さん(戸田泰雅撮影)

特集・変わりたいあなたのために
 児童虐待防止法が2019年6月に改正され、「しつけ」の名での体罰が禁じられるなど「子どもへの暴力はNO」という認識が社会に広がっている。一方で、親たちには「自分は大丈夫か」との不安が強まっているように見える。育児ストレスなどの研究者の大日向雅美・恵泉女学園大学長(69)は「完璧な親なんていない。一歩を踏み出して自分に合う相談先を見つけて」と話す。

子どもへの虐待、3種類の「ゾーン」で考えよう

 大日向さんは子どもへの虐待を「『ゾーン』を分けて考えることが大切」とする。日常的な暴力を止められず、児童相談所や警察など専門機関が関わる必要があれば「レッド」。そこまでではないが、親の強い不安感から子どもに矛先が向かう場合は「イエロー」で、保健所や子ども家庭支援センターなどが連携して支える必要がある。

 「誰もが足を踏み入れやすいゾーン」と大日向さんが挙げるのが「グレー」だ。子どもに適切に関わりたいと思っていても、ぐずりがひどいとか、自分が疲れているなど悪条件が重なると、思いがけず手を上げたり、怒鳴ったりしてしまうケースだ。

親が異常なのではない ワンオペ、主婦の不安…

 「親が異常なのではなく、ワンオペ育児だったり、専業主婦が社会に取り残されているような不安を感じたり、要するに環境の問題」と大日向さん。「子どもにとっては、グレーであっても暴力はつらい。だから、パパママには一歩を踏み出してほしい」と地域の支援窓口での相談するよう助言する。リフレッシュのための子どもの一時預かりの利用をためらう親もいるが、「浪費ではなく、優しいママでいるための必要経費」と活用を勧める。


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 相談員との相性もあるため、「気持ちを分かってくれないとがっかりすることがあっても、あきらめないで別の人や相談先を探してほしい」と呼び掛ける。

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1970年代から育児ストレスについて研究してきた大日向さん。関連する著書も多い

忘れられない 鏡に映った「悪魔みたいな顔」

 2人の娘を育てた大日向さんも、グレーゾーンに陥った。長女が3歳の頃、保育園から帰り、疲れて洗濯をしている時に、駄々をこねてまとわりついてきた。「後でって言ったでしょ」と払いのけた手が頭に当たった。「娘は悪くないのに『ごめんなさいお母さん、良い子にするから』と謝った。鏡に映った自分の顔は悪魔みたいだった。忘れられない」

 育児ストレスを母親が口にすることすらできなかった70年代に比べ、今は社会問題として取り上げられる機会も増えた。でも、親たちの孤軍奮闘ぶりはあまり変わっていない、と大日向さんは感じている。だからこそ、苦しい思いを社会を変える力にしてほしいと願う。「あなたが弱いわけでも、悪いわけでもない。社会に解決すべき課題があるとのシグナルをキャッチして苦しんでるのです。それを社会に訴えていくことで、社会はきっと変わっていく」

完璧なお母さんなんていない。白旗を揚げよう

 多くの親の悩みを聞き、支えてきた経験から、父親たちにも「母親の同志として、当事者として育児をしてほしい」と呼び掛ける。そしてこう断言する。

 「母親はいつでも慈愛に満ちているはずという母性観は幻想。『自分1人で子育ては無理です』『家族も地域の方も一緒に子育てを見守ってください』と訴えて。負けではないけれど、白旗を揚げるの。完璧なお母さんなんていないんです」  

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大日向雅美(おおひなた・まさみ) 

 専門は発達心理学。1970年代初めに相次いだコインロッカーに新生児が遺棄される事件を機に、母親の育児ストレスなどを研究。2003年から東京都港区の子育てひろば「あい・ぽーと」施設長。9月に始まった厚生労働省の「体罰等によらない子育ての推進に関する検討会」座長。

 11月は児童虐待防止推進月間。虐待を防ぐため、親子を支えたり助言したりする人々から、子育てに奮闘する親たちへのメッセージを〈特集 変わりたいあなたのために〉として随時掲載します。
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  • テルはるママ says:

    私は子供にビンを投げて頭にけがさせてしまいました。すごく後悔してます。警察の取調べでも傷害罪と言われました。自宅で今は過ごしていますが、いつ逮捕されるんだろうと不安な日々を送っています。

    朝の忙しい時間に事件は起きました。なかなか出かける準備をしないで泣いている6歳に対してイライラしてしまいました‥

    近くにあったワンカップのビンを子供に向けて投げてしまいました。当たったかまでは確かめずその場から離れてしまいました。

    でも警察では「絶対に当たったところを見たと思う。子供がかわいそうだ。社会が許してもオレは許さない。子供は返さない。今反省しないとまた同じ過ちを繰り返す」と刑事さんに言われてしまい、怖くなってしまい子供に当たるところを見ましたと答えてしまいました。

    私は最悪な母親です。でも子供は大好きです。どうすれば私の気持ち周りの方に分かってもらえますか?反省して自分を変えたくて病院にも行こうと思っています。

    テルはるママ 女性 30代
  • よしみん says:

    みなさんのご意見を読んで、シンプルに「苦しいことは一人じゃないんだ。」と励まされ、安堵を感じました。

    確かに私も家族や、社会、他人の厳しさの目を感じる時は、ありますから。子どもは確かに可愛いけれど、疲れていたり一人でこなしていると、ストレスが溜まるのも事実で。もっと、社会が、優しく子どもに微笑みかけるように、みんなで育てれば問題ないのになと、思います。

    「可愛いね。大丈夫だよ。人生って楽しいよ。」を他人が子どもたちに自然と包み込むように、言動として、各々少しずつむけられれば、きっともっと私達、母親は温かく安心して、子どもが育てられるのに。と思います。いつか日本でもそんな、温かい眼差しが増えればいいな。そう夢みています。

    よしみん 女性 40代
  • なでしこ says:

    私は未婚で、親との関係に悩んでいた子ども側の人間として大日向先生の記事とコメントを拝読しました。

    私の母と父はずっと仲が悪く、また母は東京にひとり嫁いできて友達とも実家とも疎遠だったようで、ほぼひとりで私と弟を育て、よく感情的になって手を上げました。私が受験や就職に成功したり、いい成績を取ったり、褒められたりすると「なんであなたばっかり」と泣いて恨まれました。けれど後になると「ごめんね、ごめんね」と謝られました。

    父はそんな母を「情緒不安定で子どもを虐待している。子どもが可哀想だと思わないのか」とよく大声で怒っていました。

    私は大人になってから自分はアダルトチルドレンではないか? と思うことがあり、色々調べているうちに大日向先生の母性神話の本に出会い、目からウロコが落ちました。

    母に「完璧なお母さんでいてよ」と皆が求めすぎていたのではないか。
    手を上げて怒鳴る母は子供の私には辛かったけれど、その原因は私でも母でもなかったのではないか。
    父は、母を『叱る』ばかりだったけれど本当にそれでよかったのか。
    母はひとりの人間として、友達も頼る人もいない土地で孤独ではなかったのか。

    私の一番古い記憶は「どうやって子供を育てたらいいのか分からないんです!」と床に手をついて泣き叫ぶ母と「お前の母親がやったようにやれよ、母親なら分かるだろう!」と怒鳴りつけている父の姿です。

    私はもうすぐ母が私を産んだ歳になります。今、私が子供を産んで一人で育てたとしたら、自分の母に求めたような、完璧な母親になれるとは思えません。

    私の世代には、親ガチャ、毒親という言葉があり、情緒未成熟な親に育てられた苦しみを持つ子供の多い世代です。けれどそれもまた、逆説的な意味で「完璧なお母さんに育ててもらえなかった」という幻想に縛られているだけなのかもしれません。

    少なくとも私は、母が母なりに一生懸命私を育ててくれたことを理解して涙が出ました。すべてゆるしました。

    料理も上手ではなかったけど、私の好きなキャロットケーキは何度も焼いてくれた母。
    大学で海外児童文学を専攻するほど本が好きで、赤毛のアンや若草物語を楽しそうに読ませてくれた母。

    そんな母のいいところを、娘の私は覚えています。母はマリア様ではなかったけれど、それで良いと思っています。産んでくれて、悩みながら育ててくれてありがとうと思います。

    なでしこ 女性 20代
  • まはる says:

    娘がまだ小さい頃、大日向先生のお言葉を聞いて『わかってくれている人がいる』救われたのを今でも忘れません。今回の記事も込み上げるものがありました。大日向先生はお母さんに優しくて大好きです。記事を通してお姿を拝見でき嬉しく思いました。

    まはる 女性 40代
  • 匿名 says:

    4人の子育て真っ最中です。中2長男、小5年次男、年長長女、6ヶ月次女
    息子たちが小さかったときは本当につらかったです。
    主人は0:00を回って帰宅、休日出勤もしていたので、完全なワンオペ状態、当日2歳だった次男は自閉グレー。ストレスから私はバセドウ病に、手を挙げてしまうこともありましたし、いっそのこと死にたいと思うくらい思いつめたこともありました。
    今、4人目の赤ちゃんを育てていて思うことは、家事のなかでも子育てのなかでも苦手なことや、子供の月齢によっても自分にとって子供と合わない時期があること。
    完璧な母を目標にすることをやめました。
    初めての子育ては自分の理想のママ像があり、そうならなければならないと自分を追い込んでいました。今はまわりの完璧そうにみえるお母さん凄いなぁとは思うけど、私は子育てが向いてないことを認めてからは、旦那にも子供にもたよるように思考を変えるようにしました。
    できないことはできないんです。それを母親だからできて当然と思ってるのは自分なんですよね。

      

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