〈坂本美雨さんの子育て日記〉93・生きようとする根源的な力に触れてくれたら

(2025年11月26日付 東京新聞朝刊)
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ピアニストの平井真美子さん(右)と音を奏でる娘。京都のライブで(写真・前康輔)

 坂本美雨さんの子育て日記

根拠はなくても、できると信じる

 最近、私が舞台の稽古に入っていたので、学校帰りに稽古場や劇場まで来てもらうこともあり、1人での行動距離を延ばしている娘。電車を乗り継ぎ、学校から1時間弱かかる場所にも、来られそうかと相談すると「行ける!」と即答する。そういうところはすごいなぁと思う。

 そこには少しの虚勢もあって、無事に到着してから改めて確認すると、本当はあそこの乗り換えが不安だった…と告白することもあるのだけれど。根拠はなくても、未知のことをできる!と信じる気持ちは、尊敬してしまう。

 この1カ月半、舞台「TRAIN TRAIN TRAIN」に携わらせていただいている。ダンサーで演出家の森山開次さん作演出による舞踊作品で、身体、音楽、言葉が響き合うファンタジー。

 2021年に東京パラリンピック開会式の振り付けを行った開次さんが、「片翼の小さな飛行機」を演じた当時13歳の和合由依ちゃんと出会ったことから生まれた今回の物語。岡山天音さん演じる詩人のレンが蒸気機関車「ムジカ」(ミュージックの語源のラテン語)に乗り込む。

 私が演じるのはムジカの由来でもある芸術の女神メモリー。旅のなかでレンは風にもまれ、見知らぬ街に迷い込み、ムジカのさまざまな乗客と触れ合いながら詩を紡ぎ、ふたたび生きる灯火を見つけていく。

障害のある役者陣たちと共演して

 今回の役者陣のなかには、足にまひがあり、車いすユーザーの由依ちゃんをはじめ、聴覚障害のダンサーやダウン症のパフォーマーなどさまざまな特徴を持った人がいる。

 障害とされる特徴が、物語の重要な要素となっている。私は障害のある方々と毎日過ごすというのは初めての経験だけれど、こんなに障害の有無を感じずに共に物作りができることに驚いた。

 手話通訳士さんのおかげもありコミュニケーションはとてもスムーズで、皆自分をオープンに出してくれる魅力的な人ばかり。きっと不安やもどかしい思いもあるだろうけれど、そんなことをみじんも見せずに前向きで、それぞれが歩んできた唯一無二の道のりが身体や表情ににじみ出ているのだ。

 そしてその存在感がムジカの旅を彩っていく。そんなふうに生身とファンタジーが溶け合うのがこの舞台の魔法だと思う。そこには芸術と呼ばれるもっと手前のものかもしれない、根源的な力、生きようとすることそのものが浮かび上がる。近くで見ている娘が、そんな力に触れてくれたらと思う。

坂本美雨(さかもと・みう)

 ミュージシャン。2015年生まれの長女を育てる。SNSでも娘との暮らしをつづる。

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