湘南乃風 SHOCK EYEさん 叱られてばかりで劣等感を抱えていた幼いころの僕 子どもには「君は君らしく」

山本哲正 (2026年1月18日付 東京新聞朝刊)

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両親や子どもたちへの思いを語るSHOCK EYEさん=東京都千代田区で(久野千恵子撮影)

カット・家族のこと話そう

各界で活躍する著名人が家族との思い出深いエピーソードを語るコーナーです

父は声を震わせ抗議してくれた

 高1の長男が中3の頃、ちょっとした反抗期で、口をきいてもらえませんでした。

 それが、たまたま僕が進路相談で学校に呼ばれたときに、息子が校内のできごとで先生に注意されまして。あまり口が達者な子でもないから、誤解があっては、と「こういうことだったんじゃないですか」とフォローしたんですよ。

 その夜、息子が部屋から出てきて「夜食を作ってくれない?」と話しかけてきて。「今、話しかけられたの俺だよね」とうれしくて。「大人は皆、理解してくれない連中だ」という思いだったのでしょう。後で妻と「今日の進路相談の時がよかったんだよ、絶対」と話し合いました。

 反抗期は3、4カ月で済んだかな。そこからはまた長男とも、もちろん小5の次男とも仲良く、旅行に行ったら一緒にサウナに入ります。

 実は僕も同じ体験をしていました。

 代々武士、旧華族の家で、しつけが厳しく、父からは鉄拳が飛んできました。音楽をやることに反対したり、友達のことを悪く言ったりする父に強く反発していました。

 高2の春、とある問題を起こして、両親と一緒に校長室に呼ばれ、退学を告げられました。「もちろん怒られる」と思っていたのに、父は声を震わせ「自分の命に代えても更生させるが、何も事情を聴かずに子どもの人生にシャッターを下ろすのは教育者としてやることか!」と泣いて抗議してくれました。悪い部分ばかり目についていたのが、一気に許せた瞬間でした。

妻のおかげで上がった愛情偏差値

 ただ、両親も彼らの価値観でよかれと思って厳しくしたのでしょうが、しかられてばかりの僕は劣等感を抱え、それも嫌でした。僕の中には膝を抱えた小さな男の子がいて、その子を「そのままでいいよ」と全肯定し、自分が大切にされない場所や人からは距離を置きました。

 親になった今、「自分がされて嫌だったことはしない」と決めています。「SHOCK EYEの息子なんだからアレをやれ、コレをやれ」と言ったら僕の親と同じ。「君が君らしくいられる場所だよ」と、親子関係が良好な家庭を目指しています。はまったおもちゃを一緒に集めたり、アニメ映画を見たり。こうした土台があったから反抗期も短かったと思います。

 妻は逆に、親の愛情をいっぱい受けて育ちました。だから人に愛情を与える姿勢、愛情偏差値が高い。親からの愛情が足りなかった僕は、愛情の表現の仕方が分からず歌にすることも恥ずかしくて。気も回らなかったのですが、彼女の横で鍛えられ、愛情偏差値も育ちました。スマッシュヒットした「ワンルーム」は、恥ずかしさを乗り越えて、彼女に僕の本音を伝えようとしてできた曲です。

 妻も子どもたちも、いい意味で僕を雑に扱ってくれます。SHOCK EYEとしての戦闘服を身にまといステージに上がれるのはそのメリハリがあってこそ。感謝しかありません。

SHOCK EYE(しょっく あい)

 神奈川県生まれ。RED RICE、若旦那、HAN-KUNとレゲエグループ「湘南乃風」を結成。代表曲に「純恋歌」「睡蓮花」など。個人でも多彩なアーティストに楽曲を提供。近年は開運を呼ぶ“歩くパワースポット”としても知られる。写真家としても活動。近著は「目の前にいる人を幸せにすることから始めよう」(KADOKAWA)。

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