「魔女の宅急便」刊行から40年 児童文学作家・角野栄子さんが語る「物語を読むこと」の大切さ 自由な想像力が勇気につながる

「魔法の文学館」でインタビューに応じる角野栄子さん=いずれも東京都江戸川区で(石橋克郎撮影)
きっかけは12歳の娘が書いた絵
ーすてきな「魔女の宅急便」の物語はどのように生まれたのですか。
きっかけは、12歳だった娘が描いた絵なの。小さな魔女がほうきに乗って、柄からぶらさがったラジオから鳴る音楽を音符で表現していて、すごくいいなと思いました。もうひとつ、私が大学生の頃、雑誌でニューヨークを空から撮った写真を見て、「鳥の目から見た風景には物語がある」と感じたことがあって。だから、娘の絵を見たとき、あの写真と重ねたら、物語になると思ったんです。

「魔女の宅急便」(福音館書店)
ー主人公のキキも魅力的です。キキは自身を反映していますか。
キキは一人の独立した女性で、私の分身でもありますが、全てではありません。キキを含めて私が書いたお話の主人公は全員、大好きですよ。
ーキキは子どもたちの憧れです。
しっかりしていて、ぶれない性格。実は私、物語を書く時に結末は考えない。だけど、主人公の性格がぶれなければ、自然に結末が書けるんです。主人公が勝手に書いてくれる。後にキキは、飛行機好きの少年とんぼと結ばれますが、物語の後半、キキに浮気をさせてみようかなと思ったことがあります。でも、彼女は揺るがなかった(笑)。

ーすごく面白いエピソードですね。自身はどんなお子さんだったのですか。キキのようにしっかり者でしたか。
いいえ、幼稚園のときは泣いてばかりいる子どもでした。同年代の子どもと比べても元気がなかった。5歳で母を亡くしたことも理由の一つかもしれませんが、父は何とか励ましたいと、いろいろなお話をしてくれました。
ーどんなお話ですか。
落語や浪曲、歌舞伎を自分の言葉に置き換えて、面白おかしくしゃべってくれました。子どもには少しハードルが高いものもあったけれど、エンターテインメントを感じました。
ー子どもの頃から本は好きだったのですか。
本は大好きで、たくさん読んでいました。だけど、自分の本ではなくて、姉や友達からの借り物でした。初めて「栄子だけの本だよ」と叔父から贈られた本は、ベストセラーだった「ビルマの竪琴」。すごくうれしくて、格別な思いがありました。
10歳で終戦、24歳でブラジルへ
ー太平洋戦争で集団疎開を経験し、10歳で終戦。戦後は進学、就職、結婚し、24歳で夫婦でブラジルへ渡ります。
自費移民という形でブラジルに行きました。それまで戦争で締め付けられ、きらびやかなものなんかなかったでしょう? 戦争が終わり、ラジオから進駐軍のジャズが聞こえてきて、洋画や翻訳本、西洋の文化が湯水のごとく入ってきた。それまで抑圧されてきた「外国へ行きたい」という気持ちが爆発したんです。

ー泣き虫な子どもが、成長したら正反対の性格になった。
泣いてはいたけれど、子どもの頃から好奇心は、すごく旺盛だった。自分でいろいろと想像して楽しむ。私にとって好奇心はおもちゃだった。何かを見たい、違う世界へ行ってみたいという気持ちが、大人になるにつれて、ますます強くなっていきました。
ーブラジルでの2年間の経験を物語にして、作家デビューします。
帰国後、しばらくして大学の恩師から、「ブラジルのことを本に書いてみないか」と言われました。最初は「書けない」と断ったんです。卒業論文ぐらいしか、文章を書いたことがなかったんですから。でも、いろいろ考えて、やってみることにした。できたのが、ブラジル生活で知り合った少年のことを書いた「ルイジンニョ少年 ブラジルをたずねて」でした。

デビュー作「ルイジンニョ少年 ブラジルをたずねて」(ポプラ社)
ー最初は嫌だったのに、その後、本を300冊以上、書いています。
最初の作品を何度も書き直すうちに、「私は書くことがすごく好きなんだ」と気付いた。これなら退屈しないで生きていけるって。子どもの頃から私を動かしてきたのは好奇心。大きなことでなくても、ささやかでも、何かに興味があるって、とっても楽しいことよ。
自由を絶対に手放してはいけない
ー登場人物が快活で、作中の会話が印象的です。
言葉には音があって、意味があって、風景があります。中でも会話というのは風景になりやすいんです。私は言葉の意味よりも、音や風景を大事にしたいと思っています。

ー意味は重要ではないのですか。
言葉というのは、時代や政治によって、意味が変わることがあります。ある時、意味を成さなくなる。私は戦争を経験していますから、「ぜいたくは敵だ」「撃ちてし止まむ」という社会が、戦後にガラッと変わったことを知っています。だから、言葉の意味というのを、重く見ないようにしています。
ーあの時代を経験されたからこそだと思います。言葉を必要以上に信用しないということでしょうか。
言葉は変化するものなのに、今の日本の教育は、言葉の意味ばかりを重視しているように見えてしまって。これはこういう意味だと決め付けてしまうと、想像力が貧弱になってしまいます。日本は一度、戦時中、自由を奪われたことがありました。自由は絶対に手放してはいけません。
ー今の世界は扇情的な言葉もあふれています。
何よりも大切なのは、自由に想像すること。それがなければ、何も始まりません。今の日本人を見ると、隣の人と同じことを言っていたら楽だとか、一つの言葉に集約しようとか、自分から自由をなくそうとしているように見えます。

左上から「新 魔女図鑑」(ブロンズ新社)、「ふわふわさん」(小学館)、「魔女のまなざし」(白泉社)、「月さんとザザさん」(小学館)「イエコさん」(ブロンズ新社)、「トンネルの森 1945」「イコトラベリング 1948」(角川書店)
ー日本は過去に想像力を手放し、戦争へ向かいました。そうならないために、私たちは何をしたらいいのでしょうか。
物語を読むことです。これって何だろう、これって本当かなと、想像力を育むことができるし、何より、物語の中には道草がたくさんあります。ページとページの間には、ワクワクするものが隠れているでしょう。道草って、とっても大事なことです。
今の子どもたちは塾や習い事で忙しい。大人たちは数字で表せることばかりを大事にするけれど、世の中には数字以上に大切なことがある。物語を読み、自由に想像力を広げていくと、人は勇気が湧いてくる。すると、自分の言葉で表現したくなる。本から与えられるものは、大きいと思います。

インタビューを終えて
取材の場所は「魔法の文学館」。館内は「いちご色」に包まれ、角野さんのアトリエを模したコーナーがある。棚には自身の愛読書が並ぶ。
角野さんは「私は小学生になる子に、小さな本棚を贈ってほしいと思っているの」と言う。自分の好きな本を見つけて読み、本棚に入れていく。すると、何度も読んだり、困ったときに助けてくれたりする本が最終的に30冊ほど残るのだそう。
「築き上げた本棚こそが、その人の形になります」。私の本棚には、もちろん「魔女の宅急便」が並ぶ。これからどんな形をつくっていけるのだろうか。読書とともに、未来も楽しみになった。

「いちご色」でコリコの町をイメージした「コリコの町の本棚」のエリア

角野さんの仕事場を模した「栄子さんのアトリエ」
角野栄子

1935年、東京都生まれ。大学卒業後、紀伊国屋書店勤務を経て、24歳でブラジルに渡り1年間滞在。1970年「ルイジンニョ少年 ブラジルをたずねて」(ポプラ社)で作家デビュー。代表作「魔女の宅急便」(福音館書店)は月刊誌連載を経て1985年刊行。1989年スタジオジブリ作品としてアニメ映画化、その後舞台化、実写映画化される。2018年、「児童文学のノーベル賞」といわれる国際アンデルセン賞作家賞受賞。「アッチ・コッチ・ソッチの小さなおばけ」シリーズ(ポプラ社)、「イエコさん」(ブロンズ新社)などの童話や絵本を多数刊行。2023年に都内で開館した「魔法の文学館(江戸川区角野栄子児童文学館)」で館長を務める。
筆者・長壁綾子

1988年、群馬県高崎市生まれ。2018年より毎週「えほん」のコーナーで新刊の絵本を紹介している。また、絵本、児童書について取材しており、作家のみなさんが作品に込めた思いを伝える。角野栄子さんの「魔女の宅急便」「アッチ・コッチ・ソッチの小さなおばけ」シリーズが大好き。
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