夢はあってもなくてもいい。迷っても大丈夫。ヨシタケシンスケさんが絵本で伝えたい「人生の楽しみ」とは

(2025年5月26日付 東京新聞朝刊)

インタビューを受けるヨシタケシンスケさん(坂本亜由理撮影)

 日常のふとしたできごとを、独特な視点と想像力でクスッと笑える物語に発展させていく作風が魅力の絵本作家ヨシタケシンスケさん(51)。40歳で第1作を刊行して以来、数々の作品を生み出してきたが、人生のステージとともに描く内容も変わってきたという。これまでの歩みと、絵本に込めたメッセージを聞いた。

自己表現から最も遠い子ども時代

ーヨシタケさんの絵本は子どもの声を代弁してくれるようです。ご自身はどんな子どもだったのですか。

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 怒られることが嫌いで、どうしたら怒られないかばかり気にしていました。学校の規則も守るし、宿題もする。提出物も期限内に必ず出す。その代わり、言われないことは全くやらない、自己表現から最も遠い子どもでした。

ー絵本作家になろうと思っていなかったのですか。

 みじんも思っていませんでした。言われたことをしっかりやって、自分の技術を人に喜んでもらう職人さんになりたかったんです。注文を受けてイラストや造形を期限内に納品する仕事を続けていましたし、充実していました。

お題をもらって描いた絵本で大ヒット

ー40歳でデビュー。

 過去の作品を見た編集者さんが声をかけてくれました。絵本に囲まれて育ったので、大好きな絵本を自分で描けることは純粋にうれしかった。だけど、それまで何かを自分で考えて作ったことはなかったから、いざ描こうと思ったら全く描けなかったんです。

ーそれでも第1作「りんごかもしれない」が大ヒット。なぜ描けたのですか。

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「りんごかもしれない」(ブロンズ新社)

 編集者が「りんごをいろんな目線から見てみる本を」というお題をくれました。そうしたら、できたんです。それまでも、お題に沿うことはずっとやってきましたから。「絵本を描くのはきっと最初で最後だ。一生の思い出にしよう」と、僕の好きな要素を全て入れて作りました。

 その後の何冊かは、お題をもらいながら作っていましたが、そのうちに「自分で自分にお題を出せばいいんだ!」と気づき、一から作れるようになりました。

「夢がなかったチーム」の一人として

ー子ども時代のヨシタケさんが知ったら驚きますね。

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 びっくりすると思います。僕は自己表現とは無縁だと思っていたけれど、人に言われたことに応えていたら、自分でものを作ることができるようになった。

 子どもの頃、夢を聞かれるのが嫌だったんです。「将来、何になりたいんだ」「夢はなんだ」と聞かれても、やりたいことがなかった。

 世の中は夢をかなえた人や何か大きなことを成し遂げた人のサクセスストーリーであふれています。でも、夢がなくても、どうにかなっている人、幸せに生きている人はたくさんいます。それを知らないから焦っちゃうわけですよね。僕は「夢がなかったチーム」の一人として、「こういう生き方をした人がいるよ」とアピールしていく義務がある。

ー夢がなくてもいいのでしょうか。

 あってもなくてもいいんです。僕は、生きている世界がまだ狭い子どもたちに、世の中の幅の広さを知ってほしい。「僕のように何をしていいか分からず、迷っていた人だっている。大丈夫だよ」って。自分が何になりたいかは、これからの年月で考えていけばいい。それが人生の楽しみなんだと伝えたい。

嫌いなものは嫌いなままでも大丈夫

作品には、不安や嫌いな人への思いなど、普通なら隠してしまいたい感情も描いています。

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 あることをないことにはできない、という純粋な気持ちです。誰でも、嫌いな人はいるでしょう?「いない」って言いたい気持ちも含めて、なくはない。「ある」と言えるはずなのに、誰も言わない。「言わない理由も何となく分かるんだけど、言い方次第でしょう?」と思うんです。みんなを笑わせながら、面白おかしく伝えることだってできるはず。

 そんなマイナスな気持ちをどう消化できるだろうと考えながら、絵本を描いています。難しい「お題」に対して、「これ、意外にいけてない?」という提案をしてみたい。自分を救いたい、納得させたいので、最後は何かしら希望や肯定感が生まれます。不安や嫌いな気持ちは消えはしない。だから、だましだましやるしかないよね、嫌いなものは嫌いなままでも大丈夫だよね、って。

ー弱さやネガティブな気持ちを肯定してくれるようなヨシタケさんの本があって、今の子どもたちがうらやましいです。

 大人から「子どもの頃に読みたかった」と言ってもらえるのは、すごくうれしいです。僕は自分が言ってほしかったこと、教えてもらいたかったことを描いています。「怒られたくない」という気持ちだけで生きてきた僕に、「そんなに怖がらなくていいんだよ」と言ってあげたいんです。

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左上から「それしか ないわけ ないでしょう」(白泉社)、「ころべばいいのに」「このあと どうしちゃおう」(ブロンズ新社)、左下から「そういうゲーム」(KADOKAWA)、「ちょっぴりながもち するそうです」「こっちだったかもしれない ヨシタケシンスケ展かもしれない 公式図録」(白泉社)

わが子がいなかったら絵本は…

ー毎年、何冊もの作品を刊行しています。

 普段から「人間あるある」みたいなことをコレクションすることが好きで、手帳サイズの紙に小さくメモしています。なので、ネタはたくさんあります。

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ヨシタケさんが常に携帯するメモ帳

 僕は「こういう本なら子どもの僕は喜んでくれる」と思って描いています。でも、それだと面白いと思ってもらえない可能性がある。そんなことを考えているのは僕だけで、誰にも共感されないかもしれない。

 僕には2人の子がいるのですが、彼らの行動を見て初めて「そうだよね、やっぱりそう思うよね」「僕が感じてきたことって、ある程度、共有されている」って裏が取れるんですよ。それでやっと、企画を人に見せられるようになります。だから、子どもがいなかったら絵本は描けていなかったし、子どもたちにはすごく感謝しています。

ー作品に、「子どもの行動に、親はこんなユーモアのある対応ができるんだ」と気づかされます。

 よく「さぞかし立派なお父さんでしょうね」と言われるんですが、そういうことができないから、ああいう本ができたんです。僕も子どもたちには「早くしなさい」しか言っていない。余裕があれば本当はこういうふうにちゃんと聞いてあげたいな、寄り添いたいな、と思って描いてます。

変化をその都度拾って形にしたい

ー3月刊行の「まてないの」(ブロンズ新社)では、女の子の一生を「老い」に踏み込んで描いています。デビューから12年、描く内容に変化はありますか。

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「まてないの」(ブロンズ新社)

 どの本にも、自分の中で小さなチャレンジがあります。今回は挑戦の要素がかなり大きい。僕はわが家で起きた、その時々のニュースを形にしていく作家です。この作品が生まれたのは、僕自身がここ数年、老化を感じているから。「人間、年を取ると弱気になるけれど、性格は変わらない」ということがテーマになっています。

 自分の体も世の中も、ころころ変わっていきます。それをその都度、拾って形にしていきたい。今見ている景色が数年後に変わってしまうことが分かっているので、ちゃんと記録しておきたいんです。

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インタビューを終えて

 年を重ね、年齢に関してネガティブな言葉を浴びることが増えた。そんな時に出合った絵本が、ヨシタケさんの「それしか ないわけ ないでしょう」(白泉社)だった。

 「未来は恐ろしいもの」と聞いた女の子におばあちゃんは、多くの選択肢があると教える。楽しい空想の広がりに、私も救われた気がした。

 「僕は世界中を旅して人の素晴らしさをうたいあげる作家じゃない。井の中の蛙(かわず)だけど、自分の井戸のことなら誰よりも詳しく説明できる」とヨシタケさん。自らの心の機微を鋭く見つめるからこそ、多くの人が身近に感じ共鳴する物語が生まれるのだろう。

ヨシタケシンスケ

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 1973年、神奈川県茅ケ崎市生まれ。筑波大大学院芸術研究科総合造形コース修了後、ゲーム会社に就職するが、半年で退職。その後、昼は造形、夜はイラストレーターの仕事を続ける。2013年「りんごかもしれない」(ブロンズ新社)で絵本作家デビュー。同作で第6回MOE絵本屋さん大賞第1位などを受賞。「このあと どうしちゃおう」(同)、「りゆうがあります」(PHP研究所)など多数刊行。10カ国以上で翻訳され、国内外の累計発行部数は約600万部。24年、NPO法人「自殺対策支援センターライフリンク」に協力し、生きづらさを抱える人たちに向けたウェブサイト「かくれてしまえばいいのです」を制作。

 

 

筆者 長壁綾子

写真 1988年、群馬県高崎市生まれ。2018年より毎週「えほん」のコーナーで新刊の絵本を紹介している。また、絵本、児童書について取材しており、作家のみなさんが作品に込めた思いを伝える。30代に入る前に出合ったヨシタケさんの絵本「それしか ないわけないでしょ」に励まされた。「嫌いな人がいたっていいんだ」と思わせてくれた「ころべばいいのに」もお気に入りの一冊。

 

 

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