親子でデモに行って「意味あるの」と聞かれたら〈瀧波ユカリ しあわせ最前線〉25

最初は緊張していた娘も
私は時々デモに行く。国会議事堂や駅前などに集まるスタンディングデモ、DJブースを囲んで盛り上がる野外フェスのようなデモ、街中を行進するマーチ型のデモ。その多くは人権や平和に関するもので、今年に入ってからは戦争や改憲に反対するデモに3度参加している。
娘とデモに参加したこともある。気候変動の危機を訴えるマーチ型のデモで、主催者は数人の大学生。参加者は50人ほどで子連れも多く、当時小学生だった娘の初参加にはうってつけだった。青空の下のんびりとしたムードで、英語と日本語でコールをしながら、いつもは歩けない車道を行進して公園のまわりを1周した。最初は緊張していた娘も次第に声を出せるようになり、ゴールした時には満足そうな笑顔を見せていた。初めてのデモを楽しんだようだ。
そんなわけで、我が家にとってデモは特別なものではないが、世間一般ではそうした家庭は珍しい部類かもしれない。
どうしてデモに行くのか? そう聞かれれば「人権とか平和を大事に思う人がたくさんいると可視化されたほうがいいから」と答える。「やっても変わらないでしょ」と言われれば「すぐには変わらないだろうけど、やらないよりはいい」と答える。「あの人やばい」と言わんばかりに眉をひそめる人もいるが、気にしない。デモは世界中で行われているものだし、デモを行えない国のほうが「やばい」のだから。

イラスト・瀧波ユカリ
近くで眺めるだけでもいい
成果ばかり求められる世の中のせいか、だれもが「それをやって意味あるの?」と自分にも他人にも問わずにいられない。社会運動に興味を持っても「でも、結局やっても何も変わらないし」とあきらめる人も少なくないだろう。でも社会運動に限らず、意味や成果は行動についてくるものであって、あらかじめ保証されるものではない。
デモに参加して、声を上げて、ちょっぴり楽しんで、疲れて帰って眠って、でも翌日の世界は何も変わってなくて、「意味あったのかな」と思い、少し恥ずかしくなり、モヤモヤと迷う。そこまで含めて実践であり、価値ある体験だ。
今月8日には全国137カ所で改憲反対一斉アクションが行われ、国会前には3万人が集まった。この機運の高まりは、政治に対する強い危機感の表れだろう。都心の大型デモは初心者にはややハードルが高いが、駅前などでの小規模なスタンディングデモは子連れでも参加しやすい。近くで眺めるだけでもいい。そして親子で少し話し合えたら百点満点だと、私は思う。
【これまでの連載一覧はこちら】〈瀧波ユカリ しあわせ最前線〉

瀧波ユカリさん(木口慎子撮影)
瀧波ユカリ(たきなみ・ゆかり)
漫画家、エッセイスト。1980年、北海道生まれ。漫画の代表作に「私たちは無痛恋愛がしたい~鍵垢女子と星屑男子とフェミおじさん~」「モトカレマニア」「臨死!! 江古田ちゃん」など。母親の余命宣告からみとりまでを描いた「ありがとうって言えたなら」も話題に。本連載「しあわせ最前線」では、自身の子育て体験や家事分担など家族との日々で感じたことをイラストとエッセーでつづります。夫と高校生の娘と3人暮らし。
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