あづきお姉さん卒業インタビュー 「おかあさんといっしょ」初代体操のお姉さんとして7年…「子どもたちを尊敬」

大野雄一郎 (2026年4月10日付 東京新聞朝刊)

秋元杏月さん「運動が苦手な子どもだった」

NHK・Eテレの番組「おかあさんといっしょ」に2019年から「初代体操のお姉さん」として出演し、3月28日に番組を卒業した秋元杏月さん(29)。7年間、子どもたちと一緒に体を動かし、多くの視聴者に笑顔と元気を届けてきた。そんな“あづきお姉さん”に、番組への思いや現在の心境などを語ってもらった。

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「おかあさんといっしょ」を卒業した秋元杏月さん=NHK提供

子どもたちからいっぱい教わった

-7年間を振り返って。

 本当に楽しくて充実した、夢のような時間でした。番組を離れるのはすごく寂しいですが、自分の中で「やり切った」という気持ちもありました。

 子どもたちに教わったこともいっぱいありました。宇宙について詳しい子、花や生物の知識が豊富な子…。長く生きているはずの私のほうが知らないことばかり。人として尊敬できるな、と思っていました。

-接し方で意識していたことは。

 自分自身も心から楽しむことですね。「楽しませよう」と気を張りすぎるよりも、シンプルにありのままでいたほうが、子どもたちも楽しんでくれることに気が付きました。大勢の親子が集まるコンサートでは「うまくやれるかな」と不安になり、緊張することは多々ありました。でも、そのたびに「楽しもう」と何度も思い続けていました。

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「体操のお兄さん」の佐久本和夢さん(右)から花束を受け取る秋元杏月さん

-幼い頃はどんな子どもでしたか。

 ものすごく引っ込み思案でした。家の中では踊ったり歌ったりしていても、外ではなかなかできなくて。当時は運動も苦手でした。

 自分を変えてくれたのは、小学3年で始めた新体操です。友人がやっていたからという理由でクラブに入りましたが、体を動かすことが好きになり、学校の体育の時間でも自信が持てるようになりました。人前に出ることにも抵抗がなくなったので、今テレビに出られているのは、新体操があってこそだと思います。

-芸能関係を志したきっかけは

 宝塚歌劇との出合いですね。高校3年の文化祭で、クラスで出し物をする際に作品の候補として見て、はまりました。何回も見に行って、何回も涙して…。当時、「ベルサイユのばら」を見に行って「これが宝塚か」と感じたことを覚えています。客席にいながら「いつか舞台で表現する仕事がしたい」と思うようになりました。

新体操のおかげで運動が好きに

-どんな「体操のお姉さん」を目指して出演されていたんでしょうか。

 元気を届けたいと思っていました。ただ、振り返ると、私のほうが元気をもらっていたと感じます。一緒に体を動かしてくれる子どもたちのパワーが私にも還元されていた気がします。

 「あづきお姉さんの笑顔に助けられています」とメッセージをいただくことも多いんですが、私のほうこそ皆さんに感謝を伝えたいです。そうした励ましをいただき、ここまで頑張ってこられましたから。

-子どもたちに伝えたいことは。

 私自身、新体操を始めて運動を好きになり、体操のお姉さんにもなれました。今は体を動かすのが苦手という子も、軽い気持ちで運動に挑戦して「意外と楽しい」「好きかも」と思ってもらえたらうれしいです。

 子どもって、小さな体に希望と夢が詰まっていますよね。これからも、楽しいことを心にいっぱい詰め込んで、笑顔で過ごしてほしいなと思います。今後は全国の子どもたちに会いにいきたいです。

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  • なかむらあずさ says:

    体操あづきお姉さん卒業おめでとう
    私は歌のお姉さんになりたいです
    歌のお姉さんに伝えてくださいお願いしますずっとテレビ見てます私もテレビに出たいですあんまり無理にしないでね歌のお兄さんに伝えてくださいお願いします

    なかむらあずさ 女性 30代

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