いじめ被害者の母が全国各地でいじめ解決 学校からも頼られる「子どもの本当の気持ちを代弁する」役割
川口の森田志歩さん 100件以上に対応
森田さんの息子は5年前、中学校に入学してまもなくからいじめに遭い、自傷行為に及んだ。学校側が向き合わず、ほかの保護者らへ虚偽の説明を繰り返すなどしたため、一時は周囲からうそつき呼ばわりされてネット上でも中傷された。当時の対応を巡り、今も川口市と係争中。市教委の設置した第三者委員会はいじめを認める報告書をまとめたが、裁判で市は再び、否定するような主張を繰り返している。
苦しかった経験から、息子と同じような立場にいる子どもを救おうと、昨年4月に市民団体「プロテクト・チルドレン えいえん乃えがお」を設立。泣き寝入りせず戦い続ける森田さんの姿は広く報道されており、ひっきりなしに相談が持ち込まれている。これまでに対応した相談は既に100件以上に上り、そのほとんどを解決してきた。
「私は学校や親の味方でも敵でもない」
相談してくる保護者のほとんどは、学校や教育委員会との話し合いがこじれて対立し、追い詰められている。電話口で泣きだすことも珍しくない。
昨年8月下旬に相談した埼玉県内の市立中学2年男子生徒の母親も、その一人。息子がいじめを学校に認めてもらえず、2月から長期の不登校になっていた。市教委にも理解されず、息子に非があるようなことも言われた。それが、「森田さんが介入してくれるようになったら、事態が急に動いた」と振り返る。
相談を受けて森田さんがまずやったのは、男子生徒と直接話して意向を確認した上で、市教委、学校、保護者など関係者が集まって話し合う場を設置することだった。埼玉県教委にも同席を求めた。
市教委職員らを前に、森田さんは「私は学校や親の味方でも敵でもない。味方するのは子どもだけ」と自己紹介した。続いて経緯を振り返り、いじめ防止対策推進法を説明しながら、学校や市教委が何を怠ったのかを明らかにした。市教委は、初動にかかわる基本的な部分で法律の解釈を間違えていたことを認め、謝罪した。
大人の都合より、子どもに寄り添うこと
途中、我慢をため込んできた保護者側が学校や市教委への不満を強い口調で話し始める場面もあったが、森田さんは「子どもと関係ないことは今はやめよう」と説得した。教育を受ける権利や安心して暮らす権利を奪われた状態にいる子どもを救うことが第一。学校のメンツ、保護者の不満など大人の都合はひとまず横に置き、どうしたら子どもに寄り添った対応ができるか、ともに考えることを徹底させた。
会議の後、学校や市教委の態度は一変。担任教諭らが自宅に来て、授業や朝の会に自宅から参加できるようオンラインでつなぐ作業をしてくれ、まめに連絡もくれるようになった。変化を感じ取った生徒は「学校に行こうかな」と口にするように。森田さんに「何かあったらいつでも助けるよ」と励まされ、3カ月たたずに学校へ通い始めた。
「こんなに早く解決とは」 教委が感謝
この結果を喜んだのは、保護者だけではない。「まさかこんなに早く解決すると思わなかった。森田さんがいなかったら、今も保護者と話ができない状態だったと思う」と市教委の担当課長は驚きを隠さない。通常、再登校は短時間から始めて様子を見ながら徐々に在校時間を長くしていくというが、このケースでは初日から一日学校にいて、その後も毎日通っている。登校した男子生徒への配慮や支援についても、森田さんのアドバイスが生きている。
担当課長は「森田さんが男子生徒から、気持ちや何を望んでいるか聞き出し、伝えてくれたことが大きかった」としみじみ話した。「私も子どもに寄り添っているつもりだった。だけど、教育委員会に入る前は学校現場の教師。どうしても教師側の気持ちの方が理解しやすかったのかもしれない」と考え込み、「親でも教師でもなく、子どもの側に立って代弁してくれる第三者の存在は、絶対に必要です」ときっぱり答えた。
増え続ける相談 半数は学校・教委から
埼玉県教委も、県立学校で起きたいじめ問題などで森田さんに助けられている。中沢政人生徒指導課長は「森田さんの指摘で、保護者が何を訴えていたのか理解できたこともあった」と打ち明ける。いじめを理由とした不登校の裏に虐待が隠れている疑いが分かったケースもあり、児童相談所も巻き込んだ話し合いに発展した。
ただ、公務員でも学識経験者でもない第三者にいじめ解決の協力を正式に依頼することは、「今の学校教育制度の中では想定されていない」と中沢課長は話す。「学校や教育委員会が生徒や保護者の信頼を失うことは、本来あってはならないことだから。否定はしないが、私の口から『必要だ』とは言えない」
一方で、森田さんの元に舞い込む相談は増え続けている。その半数は、各地の教育委員会や学校長などいじめの訴えに対応する側で、森田さんと裁判中の川口市からも、複数の市立学校長が助けを求めている。
子どもが告白「親が先生を怒鳴るのが…」
福島、福井、千葉、広島県、東京都、札幌市…。森田さんの手帳には相談対応で出掛ける先がびっしり書かれ、携帯電話がひっきりなしに鳴る。本棚にはケースごとにまとめたファイルが並ぶ。「助けて」の声にこえたるために、睡眠時間を削り、手弁当で対応してきた。「これ以上苦しんだり命を絶ったりする子どもを出したくない」という思いからだ。
相談対応を積み重ねる中で、「いじめ問題を学校や教育委員会だけで解決することは、実際にはできなくなっている」と痛感したという。「いじめについての法律を含めた知識や、子どもの権利を守ることへの認識が決定的に不足していて、子どもの声をきちんと聞けていない」と指摘する。
知識不足や思い込みで被害の訴えを軽視し、子どもを絶望させ、保護者を怒らせる。保護者側も、怒りのあまり要求が過剰になることがある。大人同士のコミュニケーションが成り立たない中で、子どもがないがしろにされる。いじめで不登校になっていたあるケースでは、子どもが「親が先生を怒鳴るのがつらい」と森田さんに打ち明けた。
「第三者が代弁できる制度」が必要です
子どもが訴えや気持ちを大人に軽視された結果、犠牲になっていることは、児童虐待事件で顕在化した。2019年に千葉県野田市で栗原心愛(みあ)さんが父親に虐待されて亡くなった事件では、心愛さんがSOSを書き込んで提出したアンケートを、学校が父親に見せていたことも判明した。
ヨーロッパなどでは、子どもの気持ちを代弁したり、子どもが意見を言えるように支援する役割の大人を、制度として配置している。「アドボケイト(代弁者)制度」や「アドボカシー」とも呼ばれるが、日本にはなく、政府は国連子どもの権利委員会から、子どもを守る取り組みが不十分だと何度も勧告されている。
国内でも昨年9月、日本財団が設置した虐待問題の専門家らによる研究会が、子どもの意見を尊重するしくみなども踏まえた「子ども基本法」を制定するよう、政府に提言した。その視野には、いじめ問題も入っている。
森田さんは「いじめも虐待も年々件数が増え、命を絶つ子どもが後を絶たない。改善できていないのだから、今のままではだめだと国も分かっているはず」と訴える。「第三者が子どもの味方になり、代弁できるしくみを早く制度化してほしい。私は本気で子どもを守りたい」
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森田さんの紹介記事を有難うございます。
「まず当事者の子どもの話を直接聞いて何を望んでいるのかを聞き出して、学校側に伝える。親にはこれまでの不満をひとまず横に置いてもらう。両者に、子どもに寄り添う対応を徹底的に考えてもらう。」素晴らしいです!
本文より・・市教委の担当課長は「森田さんが男子生徒から、気持ちや何を望んでいるか聞き出し、伝えてくれたことが大きかった」
両者の対話を取り持つ人が必要だったのですね。少しずれますが不登校も似ています。私も不登校の子を持つ母ですが保護者と先生方のコミュニケーションも悪いな、と感じてきました。
そこで私がスタッフをしている「先輩ママたちが運営する不登校の道案内サイト 未来地図」で、昨年3月、不登校の保護者向けアンケートを企画、実施したところ、1064名から回答がありました。7問の自由記述も設けましたが、9割近い人が書いて下さり、それらの意見もすべて載せました。保護者が学校に何を望んでいるのか、よくわかります。
不登校を考えるアンケート 集計結果
https://miraitizu.com/wp-content/uploads/survey_2021_att.pdf
(10)(11)保護者が学校に望むこと(14)理想の学びの場、など。学校の先生方が活用して下さると有り難いのですが・・。
本文より・・公務員でも学識経験者でもない第三者にいじめ解決の協力を正式に依頼することは、「今の学校教育制度の中では想定されていない」と中沢課長は話す。「学校や教育委員会が生徒や保護者の信頼を失うことは、本来あってはならないことだから。否定はしないが、私の口から『必要だ』とは言えない」
フランスでは学校の中に、困っている子どもや親をフォローするプロフェッショナルがいるそうです。
フランスの学校は“いじめや不登校”にどう立ち向っているのか(安發 明子) | 現代ビジネス | 講談社(1/5)
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/81286
未来地図アンケートでも「担任以外で、不登校専門の方が居てほしい」という意見が見られました。
子どもは日本の宝です。その子供達の権利を守る仕組みが弱い日本。今、私たち大人はなんとかしなくてはいけない、と強く思っています。良い記事を有難うございました。
子供の意見を吸い上げて、取り入れていかないといけないと思ってもなかなか実践できていない自分がいます。
毎日に様に子供に関する悲しい事件を聞くたびに心が傷むが、このような活動をしている方がいることにとても希望を感じました。
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