悩ましいお弁当 わが家の到達点は〈瀧波ユカリ しあわせ最前線〉11

市民権を得た「キャラ弁」「デコ弁」
「お弁当、お願いしていい? なんでもいいから」。ある休日の午前、中学生の娘が私に言った。10分後に学生用の自習室に向かうそうだ。寝耳に水だが、やるしかない。
冷凍の焼きおにぎりと唐揚げとポテトを電子レンジで温め、弁当箱に押し込む。全部茶色い。母の情けとばかりにキウイの皮をむき、小さなタッパーに詰める。それらをランチバッグにまとめ、今にも玄関のドアを開けんとする娘にバトンリレーのように渡す。
「おかず、茶色いけど」「ありがとう、何色でもいいよ」。娘は最終ランナーの勢いで家を飛び出していった。ああ、こんな日が来るんだ。

イラスト・瀧波ユカリ
お弁当。これに少しも悩まなかった親がいるだろうか。少なくとも私にとって子どものお弁当は、心を揺さぶる存在だった。
12年前に娘が入った保育園には、週に1度のお弁当の日があった。この頃すでに「キャラ弁」「デコ弁」はすっかり市民権を得ていて、お弁当に子ども好みの細工をするのは普通のことだった。
しかし2歳の娘の小さな弁当箱に詰めるのは、おにぎり、ミニトマト、きゅうり、卵焼き、ウインナーくらいのもの。細工の余地があるように見えない。それに忙しいから保育園に通わせているのに、お弁当に細工していたら保育園側に暇な親だと思われそうだ。そう考え、わが家ではあえて素朴な弁当を持たせていた。
「やめてしまえたらいい」と思う一方で
ある日、お迎え帰りの夫が困惑交じりに私に告げた。「保育士さんに、みんなお弁当を可愛くしているので少し工夫してはって言われた」。まさかの園からの要請! そして同級のママやパパたち、みんな送迎後にダッシュで去っていくほど忙しそうなのに、ちゃんとお弁当をデコっていたのか…! 衝撃で膝から崩れ落ちた。
翌週、私はデザインカッターできゅうりに娘の名前とハートを彫った。可愛いかはさておき、晴れてデコ弁デビューだ。その後、食材を星やハート形にする抜き型や、ゆで卵を動物の顔に成形する道具などを買い集めると、手軽にそれらしく作れるようになった。
「こんな面倒なこと、みんなでいっせーのでやめてしまえたらいい」、私はそう思うタイプの親だ。一方で、お弁当作りに子育ての楽しさを見いだす親もいる。デコ弁を誇らしく思う子もいれば、自分の簡素なお弁当を恥じる子もいる。だれの気持ちもまちがっていない。その難しさを抱えながら、子育ては続く。
そう、つまりわが家のお弁当の到達点は、茶色の即席弁当だった。それを私はうれしく思うのだ。
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瀧波ユカリさん(木口慎子撮影)
瀧波ユカリ(たきなみ・ゆかり)
漫画家、エッセイスト。1980年、北海道生まれ。漫画の代表作に「私たちは無痛恋愛がしたい~鍵垢女子と星屑男子とフェミおじさん~」「モトカレマニア」「臨死!! 江古田ちゃん」など。母親の余命宣告からみとりまでを描いた「ありがとうって言えたなら」も話題に。本連載「しあわせ最前線」では、自身の子育て体験や家事分担など家族との日々で感じたことをイラストとエッセーでつづります。夫と中学生の娘と3人暮らし。
なるほど!
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