アカデミー賞ノミネート「あめだま」原作者 韓国の絵本作家ペク・ヒナさんが語る作品づくりの裏側

原作者のペク・ヒナさんとプロデューサーの鷲尾天さん=東京都中野区

 第97回アカデミー賞短編アニメーション部門にノミネートされた「あめだま」。日本の東映アニメーション製作で、原作は韓国の絵本です。原作者で人気絵本作家ペク・ヒナさん(53)が来日。ペクさんとプロデューサーの鷲尾天(たかし)さん(59)に、絵本や映画づくりの舞台裏を尋ねました。
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 絵本「あめだま」は内向的な少年ドンドンが主人公。不思議なあめ玉をなめると、誰かの心の声が聞こえてきます。閉ざされた心が解き放たれ、他者とのつながりがはじまる少年の成長を描いた物語です。2018年に日本でも刊行され、翌年、映像化したいと東映アニメーションが打診。2020年、児童文学のノーベル賞とも呼ばれる「アストリッド・リンドグレーン記念文学賞」を受賞し、一躍韓国で大人気となりました。2022年に「あめだま」「ぼくは犬や」(ブロンズ新社)の2冊から映像化に着手し、23年秋に映画が完成しました。
※特に言及がない限り回答はペクさんのものです。

書いたきっかけは「宿題」

-ペク・ヒナさんが「あめだま」を書いたきっかけは。

 30代半ばの頃、アルバイトをしていたテレビ局で出された宿題です。毎週2つの物語を作っていました。思いつくものがなく苦労しました。その中の一つの物語が、「あめだま」の基になりました。

 物語は、お母さんが牛乳の代わりに豆乳を出すところから始まります。不満を言いながら、外に出ると空は晴天。だけど、そこに白い雲がきて、「雨が降るから傘を持って行きなさい」と言われます。しぶしぶ傘を持っていくと、急に雨が降り始め、好きな子に傘を差してあげることに。その場ではなかなか告白ができないのだけれど、あめ玉をなめると、自分の心の中が友だちに伝わるといったロマンスが入った物語でした。

「あめだま」の製作のきっかけについて話すペク・ヒナさん

-全く違う要素が入った物語だったのですね。

 30代から40代にかけて、2人の子どもも生まれ、人生の紆余曲折を経験し、少し成長した自分で、改めてこの物語に向き合いました。あめ玉をなめると人の声が聞こえる単純なアイデアに、感動と面白さを加え、ストーリーの演出にもこだわりました。

ードンドンのマッシュルームカットが印象的です。

 コミュニケーションが苦手なドンドンを表すのに外見にもこだわりました。目や口を小さくし、耳も髪の毛で隠しました。他人の声が聞こえないように表現したのです。

駄菓子屋であめだまを買うドンドン(東映アニメーション提供)

ー誰かモデルはいたのでしょうか?

 私も子どもたちもどちらかというと内向的なので、反映されているかもしれません。父親も夫にそっくりなんですよ。愛情豊かな人なのですが、あまりコミュニケーションが上手に取れません。作品は夫のために作ったわけではないのに、完成した絵本を見て、「ありがとう」と言われました。

愛さえあれば完璧な家族

ードンドンの家族構成は、父、祖母(故人)、犬のグスリ。お母さんが登場しません。

 どんな形でも、愛さえあれば完璧な家族だと思うのです。あえて、父、母、きょうだいのような家族構成にしませんでした。そろった形が理想的で、正常だというサンプルのように表すことはどうしても避けたかったのです。

 物語としても、意味がありました。ドンドンは寂しさを感じています。グスリは年をとっていて、おばあちゃんは亡くなっています。ドンドンは喪失の連続の中にいる。だけど、決して悲しいお話ではないのです。子どもはこれから新しい機会、環境をつくることができます。

グスリとドンドン(東映アニメーション提供)

落ち葉が「芽生え」の基に

ーそれを表現したのがラストの落ち葉のシーンなのですね。

 ドンドンが成長し、変化する場面です。落ち葉の間から太陽の光が差し込みます。葉っぱたちが「バイバイ」と言いながら、地面に落ちていく。一見、別れを表現しているようですが、落ち葉が「芽生え」の基にもなっているのです。

落ち葉がドンドンに降り注ぐ(東映アニメーション提供)

ー映画でこのシーンは「バイバイ」だけでなく、「またね」という言葉もありました。

 鷲尾さん 原作の絵本では「バイバイ」は「アンニョン」と書かれています。この言葉は韓国では会う時と別れる時の両方で使われる挨拶です。日本語で両方を表す言葉が思いつきませんでした。映画では「バイバイ」のせりふの中に「またね」を入れ、「また会えるよ」という意味を込めました。

絵本の間に隠れているストーリー

ー映画を見てペクさんはどのように感じましたか?

 映画の製作には、フィードバックを受けながら、制作者の立場としても参加しました。アニメーションでドンドンやグスリが動き出した時、主人公たちの声を聞き、息を吹き込まれたように感じました。自分が知らない世界に住んでいる人たちのようで、不思議でした。

 鷲尾さんからは「絵本の間に隠れているストーリーが気になります」と言われました。

ー映画には絵本では描かれなかった部分が加わりましたね。

 鷲尾さん 監督の西尾大介さんと一緒に何度も韓国を訪れ、実際にドンドンと同じくらいの男の子のいる韓国の家庭に足を運びました。原作が韓国の作品なので、韓国の世界観を壊さないことにこだわりました。どんな机を使っているか、いたずらでシールを貼っていないか、壁に何を飾っているか、宿題はどんなものなのかなど尋ねながら、作品に生かしました。

韓国に足を運び、子どもたちの様子を取材したプロデューサーの鷲尾天さん

-家族写真を飾っている場面も絵本にはない場面ですよね。

 鷲尾さん 取材した韓国の家庭では、家族の写真がたくさん飾られていました。監督がそこからヒントを得て、ドンドンの家族ならきっと写真を飾っているだろうということでこのシーンを入れました。

ー惜しくもアカデミー賞は逃してしまいましたが、ノミネートされてペクさんはどう感じましたか?

 絵本作家なので、アカデミー賞とは無縁でした。製作陣が長い間苦労していたことを知っていたので、ノミネーションが確定した時は、本当によかったと思いました。みんなで一つの目標に向かっていく楽しい仕事でした。思いもしなかったアカデミー賞の授賞式の会場までみんなでいくことができました。非現実的な、珍しい経験ができて、感謝しています。

アカデミー賞の授賞式にて(東映アニメーション提供)

ー今後どんな作品を作っていきたいですか?

 粘土や段ボール、ペイントなどさまざまな技法で、いかに面白く、効果的に伝えられるかを考えながら絵本を作っています。独立系の出版社を運営していて、現在も絵本を制作中です。今回の映画製作への旅で、少し大胆にもなれました。これからも、自由に変化していく自分が楽しみです。

タキシード姿のドンドンと蝶ネクタイをつけたグスリ(東映アニメーション提供)

絵本作家 ペク・ヒナ

1971年、ソウル生まれ。韓国の梨花女子大学卒業後、カリフォルニア芸術大学でアニメーションを学ぶ。人形制作、セット、撮影を一人でこなし、世界観を作り出す。2004年「ふわふわくもパン」(小学館)でデビュー。2020年、アスリッド・リンドグレーン記念文学賞を受賞。代表作に「あめだま」「ぼくは犬や」「お月さんのシャーベット」(いずれもブロンズ新社)などがある。

 

 

 

プロデューサー 鷲尾天(わしお・たかし)

1965年、秋田生まれ。慶応義塾大学法学部卒業。1998年、東映アニメーション入社。「キン肉マンⅡ世」でプロデューサーデビュー。2004年西尾大介監督とともに「ふたりはプリキュア」を立ち上げ、シリーズは現在も続いている。他のプロデュース作品に「おしりたんてい」「ふしぎ駄菓子屋 銭天堂」などがある。

 

 

 

 

筆者 長壁綾子

写真1988年、群馬県生まれ。2018年より毎週「えほん」のコーナーで新刊の絵本を紹介している。また、絵本、児童書について取材しており、作家のみなさんが作品に込めた思いを伝える。毎回ペクさんの新作が出ることを、楽しみにしている。犬好きが高じて、グスリが主役の「ぼくは犬や」が大好き。

 

 

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