出産で退職する女性は年間20万人…経済損失は1.2兆円!
第一生命経済研究所が試算
第一生命経済研究所の熊野英生首席エコノミストが、国立社会保障・人口問題研究所の出生動向基本調査などを基に試算しました。
調査などによりますと、第1子を出産した女性のうち、出産に伴い仕事を辞めたのは33.9%で、同様に第2子出産を機に辞めるのは9.1%、第3子出産時は11.0%でした。2017年に生まれた約94万6千人について、第1子、第2子、第3子以上の割合を過去の出生割合から推計し、それぞれに先ほどの離職率を掛け合わせて、出産を機に離職する女性は20万人と算出しました。
この20万人は、正社員が7万9000人、パートや派遣労働者などが11万6000人、自営業などが5000人です。それぞれの平均所得を掛け合わせると計6360億円になります。この額は、女性たちが働き続けていたら得られた所得の総額です。
育休制度の充実が離職を食い止める
一方、企業は日々の生産活動で利益や、従業員の所得(人件費)などの付加価値を生み出しています。女性が退職すると、企業の生産力が低下し、この付加価値も減ります。熊野さんによると、付加価値の約半分が、人件費になります。つまり、女性たちが得るはずだった所得6360億円のおよそ倍額が社会の損失額になるとして、20万人が退職することによる経済損失を累計で1兆1741億円と試算しました。
また、企業などの育休制度の充実が、離職を食い止めていることも出生動向基本調査などから明らかになりました。
第1子出産後に育休制度を利用して仕事を続ける人の割合は2000~04年は15.3%だったのに、10~14年では28.3%とほぼ倍増しています。熊野さんは「企業にとっても、せっかく育てた女性を出産退職で失うのは大きな損失。労働市場から退出する人を減らすのが今の日本の課題。保育施設の整備や育休制度の充実が重要だ」と話しています。
非正規の離職率は7割超 正社員は3割なのに
「子育てに専念したいという人も一定数いるだろうが、職場環境や雇用条件によって辞めざるを得ない人が多い」。女性の働き方の問題に詳しい労働経済ジャーナリストの小林美希さんは「出産退職」の現状をこう指摘します。
特に厳しい立場に置かれているのが、パートや派遣など非正規雇用やフリーで働く女性たちです。今回の試算では、育休制度を利用して仕事を続ける人の割合が増えていることも明らかになりました。しかし、出生動向基本調査によると、2010~14年に第1子を産んだ妻の離職率は、正社員が約3割なのに対し、パート・派遣は7割を超えています。
小林さんは「女性の約半数は非正規雇用だが、育休取得者は全体の3%だけ。働き続けたいすべての人が育休を取れるよう国が法整備すべきだ」と強調しました。
長時間労働の是正など、出産後の働きやすさも課題です。保育政策に詳しい第一生命経済研究所の的場康子主席研究員は「時間や体力面の不安で働き続けることをためらうケースもある。企業側の環境整備によって出産退職を免れる人は増えるはずだ」と分析。「企業は、女性だけでなく男性も育休を取りやすい環境づくりをすべきだ」と話しました。
保育環境を整えて、女性が正社員のまま2、3年で復帰できれば…
第一生命経済研究所の熊野首席エコノミスト、的場主席研究員に、試算の裏側について聞きました(以下、敬称略)。
-今回、出産退職に伴う経済損失という視点で試算した理由を教えてください。
熊野:出産で不本意ながら退職する人は、おそらく保育環境を整備すると辞めずに済みます。現状では、子どもを産んだ時に下がる就業率は、10年ぐらいすると、7割ぐらいまで上がる。出産退職する人を政策で減らすことができるのでは、と考えました。
-試算では、年間20万人の女性が出産を機に辞め、約1.2兆円の経済損失が発生していることが明らかになりました。
熊野:実は、これは部分的な話なのです。正社員だけでも毎年7万9千人が辞めているとして、この人たちが60歳まで働いたとすると、平均年収の449万円を掛けて、30~59歳までの間に得られる所得は、1億3400万円余りになります。ですが、1回辞めて、10年ぐらいして40歳でパートなど非正規で仕事に復帰すると、平均年収は258万円。40~59歳の間で得られる所得は、5100万円に下がってしまいます。つまり、正社員で働き続ける場合との差は約8300万円にもなります。
7万9000人の正社員が60歳まで働き続けていれば得られた所得の合計は、6.5兆円に上ります。社会全体では12.1兆円の損失になることも分かりました。これは、現時点で試算できる今後30年間の損失といえます。非常に大きい影響です。
1回出産退職すると、なかなか正規労働には戻れないのが日本の現状です。保育環境をものすごく一生懸命整えれば、希望する女性が正社員のポストを失わずに、2、3年で仕事に復帰できる。そうすれば、今よりも12兆円ぐらいのGDPが増えるともいえます。
-出産退職を食い止めるには、育休制度の充実が重要だと指摘しています。
熊野:この10~15年で、育休制度を利用して就業継続している人の割合が倍増しています。制度を整えるという政策的配慮が、潜在的な出産退職を間接的に防止しているのは間違いありません。その効果をいかに高め、非正規や中小企業の社員も含め、利用できる人を増やすことが課題だと思います。
-保育環境を整備したからといって、必ずしも全員が仕事を続けるとは限りません。
熊野:もちろん、出産を機に子育てに専念したいと考える人もいます。その人たちに無理に働けという話ではありません。やむを得ず退職せざるを得ない人を減らすにはどうしたらいいかということです。保育施設が完全に整備されていると、仕事復帰をあきらめていた人まで使うという潜在的な効果もあります。
的場:出産退職の理由を見ても、「職場が子どもがいても働けるような環境でない」とか、「自分の体力に不安」などが上位に来ています。それから、男性の育児協力ですね。男性でも取りやすい育児目的の休暇制度を企業が導入していけば、夫婦共働きでも子育てができます。保育施設を増やすことのほかに、家庭でも、職場でも変えていくことが必要です。
熊野:待機児童問題を解消することや、育休制度をもっとフレキシブルに使えるようにすることが、出産退職者を減らし、日本経済の潜在成長率を上げる。そこにもっと注目してほしいと思います。
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