薬物乱用「ダメ。ゼッタイ。」では子どもたちに響かない オーバードーズ防ぐため10代の心に寄り添う学校薬剤師 

山本哲正 (2025年9月17日付 東京新聞朝刊)
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ストレスを和らげる助言を交えて講演する斎藤武さん=千葉県立木更津高校で

 市販薬を過剰に摂取する「オーバードーズ」が、若年層を中心に広がっている。国などが普及を進める薬物乱用防止の啓発用語「ダメ。ゼッタイ。」のように強調しすぎずに危険性を伝えようと、10代の心に寄り添った講演を行う学校薬剤師の取り組みを追った。 

自分の弱さを知ることは前進

 「薬物に手を出す理由にはストレスや不安、孤独感がある。心は揺れるでしょうが、自分の弱さを知ることは強さの第一歩です」。7月中旬、千葉県木更津市の県立木更津高校であった薬物乱用防止教室で、地元で薬局を営む薬剤師斎藤武さん(47)が、全校生徒約950人に語りかけた。

 斎藤さんは、同県内の中学校などで学校薬剤師を務める。長年、地域で活動する中で「(薬物が)体に良くないと知っていても、つらいとき、ほかにどうしたら?」という子どもたちの悲痛な声を聞いてきた。「薬学だけでは心まで癒やせない」(斎藤さん)と、脳科学や心理学なども学び、講演内容に工夫を重ねる。

 講演ではまず、人間が将来を悪い方向に考える傾向にあるのは、本能的に生存率を高めようとする自然な反応だと説明。「(人間が)群れで暮らした昔、はぐれると肉食獣に襲われるリスクが高まった。脳が孤独に強いストレス反応を示すのはそのため」。薬を飲みたくなるほど強い生きづらさを感じたら「脳がまた遊んでいる」などと客観視すると、孤独や不安にのみ込まれずに済むと解説した。

生きているだけで価値がある

 乱用目的で薬を飲むことの危険性は前面に出さず、薬を服用する際の基本から話す。「痛み止めが効かないからと2回分飲むと、薬の血中濃度が上がり、効き目の現れる範囲を超えて危険な状態(中毒域)になる」。飲み忘れても、次回に服用すればいいと助言した。

 市販薬の適正な使用を呼びかけるシオノギヘルスケア(大阪市)が作成した「ツナグカード」も配布。名刺大のカードには、本人向けには「1人で悩まないで」、周囲の親らには「叱る前に…深呼吸 抱えこまないで」と書かれ、相談窓口につながるQRコードが記されている。

 講演の終わりに斎藤さんは、生徒たちに目を閉じて胸に手を当てさせた上で「あなたは生きているだけで価値がある」と語りかけた。子どもを取り巻く大人たちにも届けたい言葉だという。生徒たちは「薬物乱用の話は聞き飽きていたが、心理などの話で興味が湧いた」などと感謝した。

10代の薬物乱用 市販薬が最多に

 国立精神・神経医療研究センター(東京)薬物依存研究部長の松本俊彦さんによる薬物疾患関連症例の実態調査では、2024年に10代が乱用した薬物のトップは市販薬で全体の71.5%を占めた。2016年の25%の3倍近くに拡大している。

グラフ 精神科医療施設で薬物依存症の治療を受けた10代患者の「主たる薬物」

 調査では、市販薬を含めた薬物に手を出す人を減らす対策が不十分なまま、危険ドラッグ類の規制を強化する対策に偏ったと指摘。その結果、取り締まりが困難な薬物を求める層が、市販薬に移行した可能性もあるという。

 松本さんは「薬物の害を誇張したところで、違法でない薬物への抑止は効かないだろう。むしろ助けが必要な人に『助けて』を言えない状況をつくりかねない」と危惧する。

 若年層にアプローチする斎藤さんの取り組みについては「人の弱さ、傷つきやすさに着目している。薬物依存症になった人へ偏見や差別ではなく思いやりの気持ちを持てるような予防啓発だ」と評価する。

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  • AKAGE says:

    確かに害のみを強調されても「じゃあどうすれば?」となってしまう。他でも一歩越えた教育が必要であると感じる場面がある

    AKAGE 男性 10代

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