子育てにも役立つ「コーチング」 答えを教えず、主体性を尊重して導こう〈アディショナルタイム〉

谷野哲郎

 前回はプロ野球のキャンプで行われる猛練習が、分福茶釜のおとぎ話で有名な群馬県茂林寺から始まったことを書きました。今回はその地獄のキャンプから80年後の現代で広がりつつある新しい育成法を紹介します。

ロッテ・吉井理人コーチの指導論 ティーチングとの違いは

 皆さんは「ティーチング」と「コーチング」という言葉を聞いたことはありませんか? どちらも日本語に訳せば「教える」となるのでしょうが、違う概念として考えているのが、プロ野球ロッテの吉井理人投手コーチです。現役時代は近鉄、ヤクルトや米大リーグのメッツなどで活躍。引退後は日本ハム、ソフトバンクでコーチを務めた吉井さんは自らの指導論を記した『最高のコーチは、教えない』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)の中で「コーチング」の重要性について説いています。

 吉井さんはこの本の中で、まずは「指導者=教える人」という常識を覆さなければいけないと指摘。その上でコーチの仕事は教えることではなく、考えさせること、必要なのは「(選手が)自分の頭で考えるように質問し、コミュニケーションを取る『コーチング』という技術」と書いています。子育て世代の読者には「コーチ」を「親」、「選手」を「子ども」と言い換えると良いかもしれませんね。

 ティーチングが命令や指示によって「指導者が答えを教える」ことに対して、コーチングは質問で「選手から答えを引き出す」ものだそう。教えられる側は納得できないことを強制的にやらされると、モチベーションが下がってしまうので、吉井さんは「とにかくやれ!」と指示するのではなく、「どうしたい?」と相手の意見を聞き出すことを勧めています。

 このコーチングで鍵となるのが、指導者が答えを言わないこと。たとえ、失敗すると分かっていても、本人に考えさせることが大事。じれったくても、自分で答えを出させる、自分の言葉で言わせることを目的とします。考えさせて行動させ、その結果がどうであれ、「そのとき、どう思っていたの?」と振り返りをさせるのが、成長につながるのだそうです。

コーチングのコツは「質問」の仕方 信頼関係を築きながら

 筑波大学の大学院でトレーニング法やコーチ論を学んだ吉井さん。日本ハム時代にはダルビッシュ投手を育て上げるなど、育成の手腕は高く評価されています。いわく、コーチングのコツは「質問」の仕方だそうで、例えば、「今日は何点だったと思う?」「良かったところは?」「逆に悪かったところは?」「次に向けて、何をする?」「どういうことをしたい?」などなど。相手の主体性を尊重し、信頼関係を築くのが肝要だとか。

指導者が答えを言うのではなく、本人に考えさせることが大事だ

 一方で、新人や初心者など、基本を習得しなければいけない時期があるのも事実。ティーチングを行うのが有効なときもあるそうで、選手(子ども)の成長過程を見極めるのも、コーチの仕事の一つ。プロ野球の指導法を書きながら、ビジネスや教育に活用できる内容になっているのがこの本の特徴なのです。

 あとがきにこんな逸話が載っていました。あるコーチが米国のマイナーリーグに野球留学したときのこと。連日進歩のない選手を見かねて、ついどうすればよいかを教えてしまったそうです。すると、それを見た米国のコーチから「おまえはあの選手の成長を止めた」と怒られたそうです。子育ての視点でも、考えさせられる話ですね。

注目を集めるロッテのルーキー・佐々木朗希投手の練習を見守る吉井理人コーチ

 吉井さんは現役時代に日米で121勝を挙げた名投手。当時から、ざっくばらんで頼れる兄貴分という印象でした。ロッテには今年、大型ルーキーの佐々木朗希投手が入団しました。吉井さんの「コーチング」でどれほどの才能を開花させるのか。今から楽しみです。

「アディショナルタイム」とは、サッカーの前後半で設けられる追加タイムのこと。スポーツ取材歴30年の筆者が「親子の会話のヒント」になるようなスポーツの話題、お薦めの書籍などをつづります。

コメント

  • 吉井さんはロッテの監督になりました。これからコーチングでチームをどう変えていくか、楽しみです。
    生田 女性 30代 
  • 吉井投手コーチは素晴らしい理論を持っている。これを読んでもそれがわかる。子供に考えさせる。むつかしいけどね、必要だね。