校庭や公園から大量の釘、各地で続々発見 埋もれた危険が放置…背景に教員の多忙さや予算不足
4月、杉並区で児童が10数針のけが
「校庭における事故について」。東京都杉並区立荻窪小学校が今年4月21日、保護者向けにこう題した資料を配布した。資料には、8日前に体育の授業で鬼ごっこをしていた児童が校庭で転倒し、突き出ていた長さ約12.5センチの釘に接触して左膝付近を10数針縫うけがを負ったことが書かれていた。釘は腐食しており、頭の部分が地面から数ミリ浮いていた。
金属探知機などで調べたところ、校庭から釘やかぎ型のフックが計574本見つかった。運動会や体育の授業で、ラインを引く目印としてマーカーなどを固定するために打ち込んだ釘が放置されていたと考えられている。荻窪小の西脇裕高校長は「除去しなかったことが重なったと考えるしかない」と話し、人為的なミスの可能性が高いとの認識を示した。
荻窪小での事故後、杉並区教育委員会が小中学校など70施設を調べたところ、計1万5369個の金属物が除去された。区教委の青木誠学校整備課長は「予想を上回る数だった。打った釘は数えておくなど適切に管理するべきだった」と話す。
情報公開も後手に回った。区教委は事故直後に状況を把握していたが、5月11日に東京新聞が報じるまで対外的な発表はしなかった。けがをした児童の父親は「報道がなければ公にしなかったのかと疑ってしまう。他の学校でも起きうることで、注意喚起のためにもっと早く公開するべきだった」と振り返る。
学校事故DB 公開は「重篤」のみ
文部科学省は5月12日、全国の教委に安全点検を徹底するよう通達。その後、東京都内の複数自治体で小学校の校庭などから釘が見つかった。江戸川区では2万8000本超に上った。釘が次々と見つかる背景には、学校で起きる重大事故の陰に隠れ、校庭の安全点検が盲点となってきたことがある。
文科省は学校安全の資料を作成、公表している。多くの学校が安全点検のマニュアルを作る際に参考にする指針になっている。しかし、この資料は不審者や災害時の対応に多くのページを割き、本編だけで100ページを超す。校庭の危険物の事例も紹介されているが、別表・付録に1行の記載があるだけだ。
学校で起きた事故の多くは報告され、独立行政法人「日本スポーツ振興センター」がデータベース化している。公開されている2005~2021年度の8797件は、事故の内容も紹介されている。ただ、その中に校庭の釘でけがをした事例はない。死亡事故や重篤なけがをした例に限られているからだ。
荻窪小では事故後、校庭などの安全点検のマニュアルを見直した。
消費者庁が今年3月に発表した学校内の事故に関する調査報告書はこう指摘している。「安全対策の優先順位を合理的に決定する考え方等について述べられた資料は確認できなかった。実効性ある安全点検が行われない理由として、効果的な安全点検の手法が標準化されていないことが考えられる」
誰が安全点検? 教員任せでは限界
学校の安全を一義的に担うのは教員だと考えがちだが、その多忙さはかねて問題となっている。通常の業務に加え、全ての教員が安全管理に関する分厚い資料を読み込み、常に校庭などに目配りするのは難しい。
消費者庁の報告書は、学校の安全管理を教員任せにする限界を強調する。「学校の施設などの安全点検に関する担い手について、教員が担うべき業務、確認すべき資料を精査するとともに、外部人材の活用が促進されるよう支援すること」
報告書によると、全国の公立の小中学校にアンケートしたところ、1282校のうち827校(64.5%)が、安全点検の知見を有する外部人材が点検に参加していないと答えた。理由として「予算の都合で難しい」「適切な人材を見つけることが難しい」との回答が多かった。報告書は「安全点検の担い手の支援が不十分」だとした。
名古屋大の内田良教授(教育社会学)は「これまで予算なき安全対策が進められ、結局、教員が担ってきた。しかし、教員の仕事量は限界に近く、安全管理に力を入れれば別の仕事にしわ寄せが行く。外部の専門知識がある人にどう関わってもらうかが課題だ」と話す。そうなると予算が必要となるが、内田教授は「安全は教育の土台。これまで学校の安全管理の予算が不足していたのは間違いない。国には今よりも踏み込んで、予算や制度設計でリーダーシップを発揮してほしい」と訴える。
悩ましい現実「安全な素材は高額」
放置された釘の問題は学校以外にも広がった。
愛知県西尾市の公園広場で、ソフトボールの盗塁練習をしていた児童が地面から突き出た釘で8センチ超の裂傷を負っていたことが8月に発覚。広場は多目的に使われ、野球やソフトボールでベースの目印に使った釘が放置されていたとみられる。
2023年4月13日 | 東京都杉並区立荻窪小の校庭で、転倒した児童が地面に突き出ていた釘に接触、左膝付近を10数針縫うけがを負う |
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5月11日 | 荻窪小の事故を東京新聞が報道 |
5月12日 | 文部科学省が全国の教育委員会へ安全点検を徹底するよう通達 |
5月~ | 杉並区や都内の他の小中学校などでも釘が次々と見つかる |
8月2日 | 愛知県西尾市の公園で、地面に滑り込んだ児童が釘に接触、左膝付近を10針縫うけがをしていたことが判明(事故発生は4月) |
8月~ | 愛知県内の公園やグラウンドで釘が多数見つかる |
その後、同県内の各自治体が調査したところ、公園やグラウンドから次々と釘が見つかった。西尾市や小牧市は公園で釘を目印として使用することを原則禁止。小牧市は使用が必要な場合は設置場所の届け出を求める。西尾市も届け出義務を近く設ける方針。
子どもの遊び場の安全管理に詳しい神戸常盤大の非常勤講師松野敬子さんは「まずは利用者がきちんと撤去することが大切。行政は責任を追及されると利用を制限しかねない。そうなると子どもの遊び場が減ることになる」と指摘。その上で「放置すると危険な金属製ではなく、土に戻る素材やプラスチックの製品を目印に使えば安全性は高まる」と提言する。
新しい技術や製品で子どもの遊び場が安全になれば理想的だが、現場教員からは悩ましい現実も聞こえてくる。関西地方のある小学校教諭は「体育などでラインを手早く引くには目印が必要。1回で数十本打つこともあって意外とたくさん使う。安全な素材は良いが、得てして高額。ほかの予算を削る必要が出てくる」と漏らす。
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