学校健診で特発性側彎症が見逃され重症化 川崎市立中の元生徒が背骨を手術 検査したのが421人中8人だけの年も

北條香子 (2024年7月27日、9月6日、9月12日付 東京新聞朝刊を編集、一部加筆)
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手術を受ける直前の元生徒の後ろ姿。右肩に比べ、左肩が下がっている=川崎市内で(保護者提供)

 川崎市立今井中学校(中原区)で生徒全員が対象の脊柱検査を95%以上に実施していなかったことが公表され、検査を受けられずに、背骨が湾曲してしまう「特発性側彎(そくわん)症」を早期発見できなかった同校の元女子生徒(15)の保護者が、本紙の取材に応じた。元生徒が診断を受けた時には既に重症化。背骨をネジで固定する手術が必要で、学校生活も制約された。「命に関わる重大事態だった」と、学校健診の充実や病気への理解が広がることを願っている。

全員対象の脊柱検査 95%以上が受けず

 川崎市教育委員会は7月に、中原区の市立今井中学校で2019~22年度、春の定期健康診断の検査項目の一つで、本来は生徒全員が対象の脊柱検査を95%以上の生徒に実施していなかったと発表した。脊柱検査は学校保健安全法施行規則で実施が定められている。

 市教委健康教育課によると定期健診に含まれる内科健診を実施する際、保護者が記入する保健調査票で「両肩の高さに違いがある」「腰を前に曲げたり、後ろにそらしたりすると痛みがある」などに該当するとした生徒だけに、脊柱の異常の有無を確認する視触診と前屈テストを実施。20年度には全校生徒421人中、脊柱検査を受けたのは8人だけだった。検査を受けていない生徒の結果は「未検査」とするべきだったが、「異常なし」としていたという。

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多くの生徒が検査を受けなかった経緯を説明する市教委の担当者=川崎市役所で

 23年1月、未検査だった当時2年生の女子生徒が特発性側彎症と分かり、市教委が検査の一部未実施を把握。2~3月に未検査の生徒371人を対象に臨時健診をしたところ、52人が「異常あり」として受診勧奨を受けた。受診報告があった14人中10人に側彎症やその疑いがあったという。

 市教委は健診内容に対する事実誤認があったとして、同校の30代の女性養護教諭を7月26日付で文書訓告の人事措置とした。

既に重症化、2カ月後に手術…深刻な影響

 発覚のきっかけとなった元女子生徒の保護者によると、元生徒は肩の傾きや姿勢の悪さが気になり、地元の整形外科を受診した。医師は医療体制が整った大病院の受診を勧め、「なんで学校の健診で気付かなかったの」と漏らした。数日後、勧められた病院で特発性側彎症と診断。既に重症化しており、2カ月後の春休みに手術を受けることになった。

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手術前の元生徒の胸部レントゲン写真。背骨が湾曲している=いずれも川崎市内で(保護者提供)

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手術後の元生徒の胸部レントゲン写真。ネジなどで背骨を固定した

 手術は予定時間よりも長引き、元生徒は抗菌薬でアナフィラキシーショックに。一時は危篤状態で集中治療室(ICU)に入った。「気が気じゃなかった」と父親。母親は「曲がった背骨をねじり、ネジで固定して矯正する。術後はとにかく痛がり、痛み止めにモルヒネを使った」と振り返る。

 退院してからも半年間は運動禁止で、中学校最後の体育祭は見学することになった。今春、高校に進学したが、背中には約35センチの手術痕が残る。母親は「姿勢が悪くだらしないと注意していたが、病気のせいとは思わなかった。体に支障を及ぼしていたのに、気付いてあげられなかった」と悔やむ。

調査票に「異常あり」とした生徒のみ実施

 特発性側彎症が発症する原因は不明。女子の方が発症しやすく、身長が急激に伸びて初潮を迎えるころに進行するとされる。早期発見できれば装具の着用などで重症化を予防できるが、発症が多い年頃が多感な時期と重なることの難しさもある。母親は「親とお風呂に入らなくなり、思春期の子どもの裸を見て異常に気付く機会はほとんどない」と指摘する。

 学校保健安全法の施行規則では、学校健診での検査が義務付けられている。母親によると、元生徒は小学6年の1年間に10センチ近く身長が伸び、この頃に発症していた可能性がある。しかし、同校では当時、保護者が記入する保健調査票で、四肢の状態に異常があると回答した生徒だけに脊柱検査を実施していた。プリント類など学校からの連絡事項の渡し忘れは、ままある。元生徒の保健調査票も、保護者の手には渡らず、脊柱検査を受けることはなかった。

実施情報、結果…保護者に伝わっている?

 市教委は検査の一部未実施を把握し、23年2~3月に未検査の生徒に臨時検査を実施。しかし、その結果が保護者に確実に伝わった保証はない。「異常あり」として受診勧奨を受けた52人のうち、学校に受診結果を報告したのは14人だけだった。母親は、保護者に確実に情報が伝わるよう、市立学校で導入している情報配信システムで重要な配布物を周知したり、保健調査票をオンラインで記入したりすることを提案する。

 両親は、より精度の高い検査方式の導入も訴える。市教委健康教育課によると、隣接する東京都多摩、調布、狛江の各市では、検査機器による検診も実施する。父親は「難しい病気だからこそ、計画的にウオッチする必要がある」と学校健診の重要性を指摘。母親も「市は整形外科医による健診や検査機器の導入にお金をかけてほしい」と力を込めた。

市議会でも指摘「公表に後ろ向きだった」

 川崎市議会本会議の代表質問では9月11日、鈴木朋子議員(みらい)が、中原区の市立今井中学で、生徒全員が対象の脊柱検査を95%以上に実施していなかった問題を取り上げた。

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川崎市役所

 同校で特発性側彎症を見逃された女子生徒の保護者から昨年4月に苦情申し立てを受けた市民オンブズマンが、市教委に対して事案の公表を4回も依頼したにもかかわらず、今年7月まで公表されなかったことを問題視。「組織の都合を優先し、公表に後ろ向きであったと強く推察される」と批判した。

 市教委の池之上健一教育次長は「学校関係者や保護者との事実関係の確認や、生徒への教育的配慮、保護者との関係構築、教職員への人事措置の検討に時間を要した。市民オンブズマンからの指摘を重く受け止めている」と述べた。

元記事:東京新聞 TOKYO Web 2024年7月27日

元記事:東京新聞 TOKYO Web 2024年9月6日

元記事:東京新聞 TOKYO Web 2024年9月12日

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