うらやましい生き方をする次男が卒業式を迎えた〈加瀬健太郎 お父ちゃんやってます!〉
「しゃき、しゃき、しゃき」。休日の早朝、聞き慣れない音が睡眠の邪魔をする。「しゃき、しゃき、しゃき」。何だこの音は。僕は、とうとう二度寝を諦めて布団を出た。どうやら風呂場かららしい。寝ぼけた眼を擦(こす)り、細く開いた戸から風呂場をのぞくと、次男がしゃき、しゃき包丁を研いでいた。「見~た~な~」とは言わなかったが、山姥(やまんば)の家で目覚めた旅人のような朝だった。次男はこの春、小学校を卒業した。

入学式の頃の次男
いつも、放課後に学校から帰ってくると「ただいまー、行ってきまーす」と叫ぶ声とランドセルだけを玄関に残し、毎日、暗くなるまで帰ってこなかった次男。とにかく何でも一生懸命で、工作をはじめたら、いっさい返事しなかった。ギターを弾いても返事なんかしなかった。本を読んでは返事なんかするわけなかった。とにかく返事をしない子だった。
ある日、焼き肉をたらふく食べた後、「いま食べた肉でどれだけ生きられるか知りたい」と言いだして、2日半、水だけで生活した次男。カブトムシを捕まえてきた三男に「絶対に食べないでよ」ときつく念を押されていた、とにかくなんでも食べてみる次男。そんな6年間だった(どんな6年間だ)。
中学、高校、その先もずっと、次男はこんな感じで生きていくんだろう。すごくうらやましい。卒業式の日、僕は人間が冷たいのか、ひとつも泣かなかったが、妻は新調したハンカチをずっと目頭に当てていた。どこで一番泣いたのか妻に聞くと、「〇〇くんが卒業証書もらった時」と答えた。よその子で泣いていたとは知らなかった。
加瀬健太郎(かせ・けんたろう)
写真家。1974年、大阪生まれ。東京の写真スタジオで勤務の後、ロンドンの専門学校で写真を学ぶ。現在は東京を拠点にフリーランスで活動。最新刊は「お父さん、まだだいじょうぶ?日記」(リトルモア)。このほか著書に「スンギ少年のダイエット日記」「お父さん、だいじょうぶ?日記」(同)「ぐうたらとけちとぷー」(偕成社)など。14歳、12歳、7歳、4歳の4兄弟の父。これまでの仕事や作品は公式サイトで紹介している。
なるほど!
グッときた
もやもや...
もっと
知りたい