園バス置き去り死「3人目を絶対に出さないために」現場や国の取り組みは? 専門家から3つの提言

海老名徳馬、藤原啓嗣、山本拓海、 (2022年10月14日付 東京新聞朝刊)
 静岡県牧之原市の認定こども園で通園バスに取り残された女児(3つ)が死亡した事件から1カ月余りがたった。いくつものミスが重なって起きたとされる悲劇を繰り返さないためにはどうすればいいか。現場での取り組みや家庭での声の掛け方、国の動きなどをまとめた。
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園児が降りた後、バス後部へ移動し座席の下をのぞき込む職員。「寝るとずり落ちる可能性がある」と案じる=岐阜市の長森幼稚園で

二重三重に確認 防犯ブザーの訓練

 「いってきまーす」。4日午前9時ごろ、岐阜市の長森幼稚園前に通園バスが到着し、10人の園児が元気にあいさつしながら園内に入っていった。直後に職員がバス後部まで移動し、座席の下にまで目を凝らす。元田秀人園長(64)は「大丈夫という安心感が危ない。誰か残っているかもと注意している」と見守った。

 同園では、バスの車内で誰が降りたかを名簿でチェックし、欠席連絡があればその名簿に書き入れる。昨年、福岡県で園児のバス置き去り死が起きた後、園長が最後に名簿を確認する手順を加えた。

 静岡での事件後は、チェックの流れをあらためて職員全員で見直した。万一のケースも想定し、各園児に防犯ブザーを配り、鳴らす訓練も計画する。「置き去りは職員の気の緩みから起きた可能性がある。二重三重に確認していきたい」と気を引き締める。

家庭でも「クラクション」教えたい

 保育の現場に詳しい常葉大の石田淳也助教(35)は「置き去りにしないよう大人が注意するのが大前提」とした上で、「どんなヒューマンエラーや機械の故障が起こるか分からない。家庭で子どもに対策を伝えておくのも一つの方法」と指摘する。

 石田さんが勧めるのは、クラクションを鳴らすよう伝えること。車外で大きな音が鳴るため、手持ちの防犯ブザーなどより気付いてもらえる可能性が高く「助かる確率が少しでも上がる」と話す。どんな場面で押すかは、年齢によって理解できないこともあり、「バスに先生がいなくなったら鳴らしてね、のようにシンプルな言葉が一番いい」。

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全身を使ってクラクションを鳴らす体験をする園児ら=名古屋・名東署で

 名古屋市名東区のあいわ幼稚園では先月、年長児が実際にクラクションを鳴らす体験をした。力が足りずに鳴らない場合、水筒を使って押し込んだり、座り込んでおしりで押したりといった方法も。引率の鰐部三由美(わにべみゆみ)教諭は「年長の子なので簡単にできたが、小さい子だとそうもいかない。体を使って押すよう他の子にも伝えたい」と話した。

ハード面 センサーなど設置義務化

 ハード面の再発防止策も急速に進む。政府は幼稚園などのバス約4万4000台に、来年4月からブザーやセンサーなどの安全装置の設置義務化を決めた。費用の9割、上限20万円を補助の方向で、1年間はバスに点検表を取り付けるなどの代替手段を認めるが、同6月までの早期設置を働きかけるという。違反すると業務停止命令の対象となる。

 静岡での事件後に置き去り防止装置の設置義務化を求める署名活動をインターネット上で展開した認定NPO法人フローレンス(東京)の赤坂緑代表理事(46)は「(福岡と静岡に続く)3人目は絶対に出してはいけないという思いが迅速な対応につながっていると思う」と評価する。安全装置は、停車後に運転手がバス最後尾にあるボタンを押さないとブザーが鳴り続ける仕組みや、車内での人の動きを検知するセンサーの設置などが想定される。

 赤坂さんは「バスに限らず、園で起きる重大事故を防ぐには幾重もの仕組みが必要」とも指摘。多くの子どもを少数の保育士が見なければいけない現状の配置基準にも問題を感じているといい「配置基準の見直しもあらためて訴え続けたい」と語った。

通園バス内の置き去りを防ぎ、子どもの命や安全を守るために考えるべき課題や対策について、保育の現場やヒューマンエラーに詳しい3人の専門家に聞いた。(藤原啓嗣)

ヒューマンエラーは「初めて、変更、久しぶり」の3Hで起きる 早稲田大教授・小松原明哲さん(安全人間工学)

小松原明哲教授

 ヒューマンエラーの典型と言えるのではないか。次の業務や用事を意識して、園児を降ろした後の車内点検をおろそかにしたのでは。これを防ぐには基本動作を徹底する必要があるが、バスは代理の人が運転しており、基本が身に付いていなかった。このヒューマンエラーは「初めて、変更・変則、久しぶり」の3Hの時に多く起きるとされる。

 出欠確認も不十分で、職員の誰かは園児の不在を不審に思った時もあったのでは。不審に思ったらそのままにせず、全職員で話し合うなどして園児の所在を確認すべきだった。運輸業界では尼崎JR脱線事故など過去の事例を反省し、各社が安全啓発の研修を徹底している。保育園や幼稚園なども異業種に学び、自園で起こりうる事故を想定した訓練や研修をすべきだ。良いマニュアルを作っても全職員が意識を高めなければ事故はまた起きる。

◇小松原明哲(こまつばら・あきのり)1957年生まれ。ヒューマンエラーの防止策などを研究。企業の安全アドバイザーも務める。

子どもの行動への対応力を向上させるため、保育士の待遇改善を 国学院大教授・塩谷香さん(保育学)

 バスに置き去りにされた園児が死亡する事件が福岡、静岡と2年連続で起きた。保育士たちの間で危機意識が共有されず、残念だ。センサーの設置も大切だが、バスの運行では乗り降りや忘れ物などのチェック体制を確実にして、誰が責任を持って確認したのか明らかにする必要がある。

 学生には「どんなに素晴らしい保育でも安全でなければ駄目だ」と教えている。安全を守るには、子どもがどんな行動を取るか予測できる対応力が必要だ。子どもは園庭の隅や遊具の陰に隠れる。専門の知識や技術を持っていないと、安全を保つことができない。ベテランの保育士らが日々の仕事の中で若手に教えていかなければいけない。

 これほど専門性の高い仕事だが、社会的な地位はまだ低く、十分な対価が支払われていない。若い人を育てる余裕を持てるよう、国には保育士たちの待遇の改善を望む。

◇塩谷香(しおや・かおり)1955年生まれ。乳児保育や子育て支援が専門。保育士の人材確保や定着に向けた職場づくりなども研究。

仕事に振り回される背景には保育士不足 配置基準を見直すべき 名城大准教授・蓑輪明子さん(女性労働論)

蓑輪明子准教授

 この事件では、驚くべきことに1日の最後まで出欠確認ができていなかった。登園や昼食時など確認の場面は何度もあったはずだ。

 新型コロナウイルスの影響でアプリの導入が進み、この園でも出欠確認に使っていたそう。便利になったが、安全性を確保するには保護者と電話で話すなどして直接確認するのが原則だ。何が一番大事か考えて行動しないと、仕事に振り回されてしまう。

 経験豊かな職員の不足や多忙さが背景にあるのではないか。仕事の厳しさから途中で退職する職員は多く、新たに採用しようとすると新卒の割合が多くなる。また、地方での保育士の確保は、都市部に人材が流れて難しい。保育士の数を増やして多忙さを解消し、余裕を持って子どもをみる態勢を整える必要がある。保育士らの配置基準を見直し、国が人件費を補助していくべきだろう。

◇箕輪明子(みのわ・あきこ)1975年生まれ。2017年度、名古屋市の保育士の労働実態を調べ、サービス残業が月平均13時間と明らかにした。

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