深刻化する保育士不足 過酷な労働条件、平均年収363万円の低い待遇… 高い紹介料を払って業者に頼る私立保育園も

藤原啓嗣 (2022年12月9日付 東京新聞朝刊)

保育士の初任者研修では、書類作成や人間関係に悩むと発表した班が多かった=愛知県岡崎市の愛知学泉短大で

 保育の現場では今、子どもの安全や健やかな発育のため、保育士の増員を求める声が上がっている。だが、実際には養成する大学や短大に人が集まらず、早期の離職も目立ち、保育士の数そのものが足りていない。窮した保育所が高額の紹介料を払って民間の職業紹介事業者に頼るケースも。保育士を巡る現場を追った。 

理想とギャップ 1年以内の離職も

 「書類作成にてこずり、持ち帰ることがある」「保護者への対応、先輩保育士との関わり方が難しい」

 愛知学泉短大(愛知県岡崎市)で3日、就職から3年目までの保育士ら56人が初任者研修を受けていた。参加者は班ごとに苦手なことを発表し、解決策を考える。女性保育士(20)は「同じような悩みを持つ人が多い」と感じた。

 愛知県内で保育士を養成する大学や短大などでつくる県現任保育士研修運営協議会が毎年開く研修の一環。講師を務めた同短大幼児教育学科の太田美鈴准教授(65)は「先輩が忙しそうで声を掛けられないと話す卒業生もいる」と嘆く。多忙さや理想と現実とのギャップなどで就職して1年以内に辞める卒業生もいるという。

 愛知学泉短大は保育士を養成するだけでなく、卒業後のケアにも注力。ゼミ担当の教授らがメールなどで卒業生の悩み相談に乗る。太田さんは「人間関係で悩むなどつまずいてもいい。せっかく憧れてなった保育士を辞めないでほしい」と願う。

 厚生労働省によると、保育士の離職率は約10%。公立より私立の保育所の方が高く、早期退職が目立つ。

18歳人口が減少し、なり手自体が…

 一方、保育士のなり手自体も減っている。愛知学泉短大幼児教育学科(定員120人)の入学者数は5年前、109人だったが、本年度は68人。ここ数年は定員の6割ほどで推移している。谷村和秀学科長(43)は「18歳人口の減少が理由として考えられる」と語る。

 厚労省の調べでは、全国の保育士養成校の定員は2020年度、計5万7985人で、ほぼ横ばいが続いている。一方、入学者数は計4万3890人で、定員充足率は75.7%。80.9%だった2016年度から4000人近く減った。養成校で学びながら保育所などに就職しない学生らも3割超いる。

 保育園を考える親の会(東京)の普光院亜紀顧問(66)は「保育士の待遇の低さや仕事の負担の重さが原因では」と指摘。地域にもよるが、保育時間が長期化し、結婚や出産を機に辞める保育士も多いという。復職時には比較的責任の軽い非正規を希望することが多く、正規職員の負担がさらに増す。

変わらぬ配置基準 「割に合わない」

 国が定めた保育士の配置の基準は戦後からほとんど変わっておらず、1~2歳児の場合、6人までを1人の保育士がみることになっている。2歳児クラスを担任したある保育士は「前と後ろに目を付けろと指導された。体力もいるし、気が休まらない」と現行の基準に疑問を投げかける。

 理想は、子どもの数に対して十分な保育士を集め、各保育士の負担を減らすこと。だが、現実にはなり手は減り、過酷な労働条件は改善されず、辞める人が出てますます人手は足りなくなっている。普光院さんは「保育の質に関わる問題だ」と訴える。

 給料も低い。厚労省の2019年度の調査で、全職種の平均年収は500万円(平均年齢43.1歳)だが、保育士は363万円(同36.7歳)だった。保育士の養成に関わるある教育者は訴える。「子どもの命を守るなど責任ばかり押しつけられて、割に合わない仕事になっている」

2歳児と1歳児の外遊びを見守る保育園の職員=名古屋市内で

ハローワークでも人材確保できない

 保育士不足は、有効求人倍率(1人に対する求人数)にも表れている。ここ数年は2~3倍で推移。全職種の平均を上回る。

 なり手不足や離職の多さのほか、待機児童対策で施設の数が増えたことや、保育士の配置人数が比較的多い3歳未満児を預ける保護者の増加、保育時間の延長で人手が必要になったことなども背景にある。

 保育士の確保が、介護士や医療従事者と並ぶほど難しくなる中、約10年前から有料の職業紹介事業者を使う私立保育所も出てきた。

 事業者の多くはネットで紹介サイトを運営し、求職中の保育士はスマートフォンで気軽に登録できる。事業者は各保育所について集めた情報を基に、登録者の条件に合う職場を紹介。マッチングが成立すると、保育所が事業者に紹介料を払う。

 名古屋市で保育園を運営する社会福祉法人「名南子どもの家」の武田和代理事(59)は「保育士が足りないと子どもの受け入れができないから、すぐに紹介してくれる事業者に頼らざるを得ない」と打ち明ける。中部地方の山間部にある私立保育園の園長も「ハローワークに依頼しても採用できない。紹介事業者に頼らざるを得ないが、紹介料がすごく高い」とこぼす。

高額の紹介料 本来は他の職員に…

 厚生労働省が2020年、紹介事業者を利用した保育所に理由を尋ねた結果、7割超が「ハローワークなど他の採用経路では人材が確保できなかった」と答えた。「紹介事業者は保育に特化しており、マッチングまでの時間が短い」と担当者。

 武田さんが、愛知県内の私立保育園が加盟する「あいち保育共同連合会」で紹介事業者について調べたところ、42園が回答し、2019年度に紹介事業者を利用したのは8園だったが、2021年には15園に増加。ある園は紹介料を217万円も支払っていた。

 事業者側が就職したばかりの人に転職を勧めるトラブルなどもあったことから、厚労省は2020年度、「医療・介護・保育分野等における職業紹介事業の適正化に関する協議会」を開催。早期離職時には紹介料を払い戻すなど、適正な事業者を認定する制度を始めた。

 全国私立保育連盟(東京)の常務理事で、協議会の委員でもある丸山純さん(55)は「一番の課題は高額な紹介料。民間保育所は国が定めた公定価格で施設を運営しているが、その中に、紹介事業者へ支払う金額は入っていない。本来は他の職員に支払えた分がおろそかになる」と指摘する。

納得できる園を探す側には「必要」

 一方、転職で紹介事業者に助けられた保育士もいる。愛知県内の20代の女性保育士は、多忙さと人間関係に苦しみ、精神的に打ちのめされて2年目で退職。その後5社に登録し、各保育園の雰囲気を伝えてもらえ、納得のいく園に再就職できた。女性は「自分だけの力では今の園と巡り合えていない。大学などで分からない求人情報もあるので、紹介事業者は必要」と語る。

 保育士の求人転職サイト「保育士ワーカー」には、保育士の登録が増えている。運営する紹介事業者のトライトキャリア(大阪)によると、保育所が払う紹介料は、保育士の年収の35%。正職員で採用すると100万円を超える場合もある。野沢卓司営業本部長(36)は「ネットを通じた就活が増えている。他の職種の手数料と大差なく、妥当。35%が高いか低いかは人によって変わるだろうが、中長期的に活躍できる人材を紹介して見合ったサービスを提供している」と話した。

コメント

  • 都知事が児童手当半年分を一括支援するとか、第2子以降の保育料を無料にする等と公にし、その後国が後追いして、児童手当や諸々の支援について耳障りの良いことを言っています。(子ども家庭庁発足も関係しているの
     女性 50代 
  • 私は、幼稚園教諭になって18年目になります。18年間のうちに保育環境が大幅に変わりました。今うちの園は、子ども園になり、朝7時半から夜の7時まで0歳から6歳の子どもがいます。幼稚園型の子ども園のため、
    幼稚園教諭18年 女性 40代