愛され続けるロングセラー絵本「おしいれのぼうけん」刊行50年「悪と戦う正義感に心揺さぶられる」

(2024年9月25日付 東京新聞朝刊)
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「おしいれのぼうけん」制作当時のエピソードを語る酒井京子会長=東京都文京区で

担当編集だった童心社・酒井会長

 子ども2人が押し入れの中で繰り広げる冒険を描いた絵本「おしいれのぼうけん」が刊行されて、11月で50年を迎える。今も人気は衰えず、発行部数は241万部を超える。出版した童心社(東京)の担当編集者で、現在は同社会長の酒井京子さん(78)に、誕生のきっかけや長年愛され続ける物語の魅力を聞いた。

保育園で先生にしかられた2人が…

 物語の舞台は保育園。お昼寝の時間にけんかをしたさとしとあきらは、先生にしかられて押し入れに入れられる。真っ暗な中で出会った恐ろしい「ねずみばあさん」に、2人は協力して立ち向かうのだが-。児童文学作家の古田足日(たるひ)さんが文を、絵本作家の田畑精一さん(いずれも故人)が絵を手がけた。編集者3年目の酒井さんが担当し、1974年に刊行した。

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「絵本は三位一体で作る必要がある」

 誕生のきっかけは、酒井さんが1971年、古田さんの家を訪ねたこと。「どういう本をつくっていいのかわからない」と悩む酒井さんに、古田さんは「これからは女性も働きながら子どもを育てる時代。保育園のような子どもの集団が出てくる絵本があるといい」と助言した。既に「ロボット・カミイ」などで知られ、売れっ子の古田さんは、新作については別の作家を提案したが、最終的に酒井さんの熱烈な依頼を受諾。古田さんの「絵本は三位一体で作る必要がある」との言葉に従い、絵の担当に決まった田畑さんと共に絵本作りが始まった。

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おしいれの中は夜の山と夜の海(童心社提供)

子どものエネルギーに心を動かされて

 東京都内の保育園を取材。情熱を持った保育士が子どもの様子を生き生きと話す中で、悪さをして押し入れに入れられた2人の園児がいたと聞いた。2人は「僕たちは悪くない」と主張し、中に立てこもった。何とか説得して外に出すと、1人の体に「あせも」ができていたという。古田さんは、あせもができるほどの子どものエネルギーに心を動かされ、このエピソードを絵本にしようと決めた。

 酒井さんによると、原稿を手にした田畑さんは「こういう仕事がしたかったんだ」と喜んだ。「子どもの姿だけでなく心も描きたい」と保育園に体験入園。子どもたちとともにお絵描きで使った鉛筆とわら半紙を画材に選んだ。古田さんも子どもたちの表情豊かな絵を手にして、大喜びした。

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手をつなぎ励まし合うさとしとあきら(童心社提供)

 だが、時に文章を長くしたい古田さんと絵を大きくしたい田畑さんの間にいさかいも起こり、酒井さんが間に入ることも。「皆が真剣に取り組んでいました。作者2人をはじめ、この絵本に携わる人たちの思いがピタッと合わさる感じがして、神様が与えてくれた時間のようでした」。古田さんの家を訪れた時点では将来が見通せず、編集者を辞めることも考えていた酒井さんだったが、絵本が出来上がる頃には迷いはすっかり消えていた。「今後もよい絵本を作っていきたい」。決意が固まった。

悪の象徴「ねずみばあさん」の存在

 酒井さんは作品の魅力について、「悪の象徴でもあるねずみばあさんの存在が大きい」と話す。「悪とは今日的なもの。特に今の時代は戦争と無関係でなく、人類は戦争という悪を止めることができない」とし、押し入れという想像力をかき立てる場所で悪と必死に戦う正義感に現代の子どもたちも心を揺さぶられるのではないかと推測する。

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ねずみばあさんの前につれてこられた2人(童心社提供)

 長年愛される絵本をこれから手にする読者へ、酒井さんは「子どもは本の中に入って旅をし、絵もしっかり見て、心を動かして、心を育む。心を揺さぶらせながら楽しんで」と願う。

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