ベランダ園芸でよみがえった離乳食の記憶〈瀧波ユカリ しあわせ最前線〉19

やりたいようにやっていいんだ!
娘が植物をもらってきた。ベンケイソウの子株とのこと。米粒ほどに小さく、まだ根もない赤ちゃんだ。どう育てるかよくわからなかったが、とりあえず毎日水を与えて様子を見た。やがて細い根が生えてきて、10日ほどで倍の大きさになった。
そんなある日、ホームセンターの前を通りかかった私は、気付けば園芸コーナーで観葉植物のポット苗を手に取っていた。ベンケイソウの世話を焼いていたせいで、何かが目覚めたらしい。さっそく鉢に植え替え、ベランダに並べた。翌朝は目が覚めるなりベランダに直行し、朝日を浴びる植物たちをしばし眺めた。
そして昼、私はまたホームセンターに行き、シャワーホースを買った。小さな鉢植え三つのためにしては大がかりだが、これがあれば大丈夫な気がしたのだ。さっそくベランダに持ち込み、シャワーのレバーを握った。その瞬間、予想外に勢いよく飛び出した水が、ベランダの反対側に向かって大きな放物線を描き、音を立てて床面を激しく打った。直後、私自身も水に打たれたように、こう思った。
「ああそうか、これって思いきり水をまいたり、好きな苗を並べたり、やりたいようにやっていいんだ! もし失敗しても、またやり直せる。なんて気が楽なんだ! 子育てと大違いじゃないか!」

子育ても気楽であってしかるべき
急に、離乳食を始めた頃の記憶がよみがえった。ほとんど母乳のみで育ててきた赤ちゃんに「たべもの」を与える。もし体に合わなかったら? 食中毒を起こしたら? のどに詰まらせたら? 親である自分の選択と行動が、この子の命に関わるかもしれない。怖くても、先に進むしかなかった。
「子育てもこれくらい気楽であってしかるべきだろ!」もはや園芸関係なく水を噴射してベランダを洗いながら、心で叫んだ。産んだら自動的に「母」となり、逃れることは許されない。その重責に押し潰されそうな、日本じゅうの女性たちを思った。
そういえば、亡母も40代からガーデニングに熱をあげ、庭を花園にしていた。当時は何が楽しいのかと思っていたが、今ならわかる。好きに植える。水をまく。そこに大きな責任はない。ただ育っていく草花たちを愛でるだけ。その自由を堪能していたのだと。
ともあれ我が家においては、だいぶ気楽にはなった。かつて離乳食を口にしていた娘は、今では自ら朝食を準備する。それから学校に行く前に、ベンケイソウを日に当てるために窓際に移す。私が育てている生命が、生命を育てている。なんとも、格別な光景だ。
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瀧波ユカリさん(木口慎子撮影)
瀧波ユカリ(たきなみ・ゆかり)
漫画家、エッセイスト。1980年、北海道生まれ。漫画の代表作に「私たちは無痛恋愛がしたい~鍵垢女子と星屑男子とフェミおじさん~」「モトカレマニア」「臨死!! 江古田ちゃん」など。母親の余命宣告からみとりまでを描いた「ありがとうって言えたなら」も話題に。本連載「しあわせ最前線」では、自身の子育て体験や家事分担など家族との日々で感じたことをイラストとエッセーでつづります。夫と中学生の娘と3人暮らし。
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