子どものあと〈4〉ダイニングテーブルに消えない傷をつけた夜

子どものあと

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「子どものあと」は、子育て中の方に、これまでの歩みを振り返っていただくコーナーです。「あと」は、子どもが残した「跡」。暮らしの中で生まれた子どもの足あとや痕跡を写真で紹介しながら、子育てで大切にしていることや、思い出深いできごと、「あの時、こうしておけば良かった」という苦い思いや、大変だった頃の自分に向けたメッセージを記録します。

今回、話を聞いたのは…

しのさん

50歳、会社役員、東京都新宿区在住。子どもは、高校2年生の長女と、中学1年生の長男。

子どもではなく私が

この傷、何か分かりますか? 14年前にスプーンが打ち付けられた跡なんですが、子どもというより、ほぼ私がつけました。

当時は長女が2歳のイヤイヤ期真っただ中で、連日職場と保育園と自宅をの間で右往左往する毎日。延長保育を最後の時間まで利用しつつも、まだママ友と呼べるほどの人間関係もつくれていない頃でした。頭の中が常にタスク処理でいっぱいだった感触を、今でも覚えています。

2人だけの夕食。まず娘を子ども用チェアに座らせて、あり合わせの2品を出す。それを食べてもらっている間に、大人分やメインのおかずを作って、できれば明日の下準備も少々。洗濯機ってもう「すすぎ」に入ってるかな。お食事エプロンのポケットに入っていた食べ残しはつまみ出したよね。干すのはお風呂出てからでいいかな…。

頭の中のタスク処理がストップしたのは、娘の大きなうなり声と、ダイニングテーブルに何か硬いものが当たる音がしたからでした。

ガンガンガン! ガンガン! ガンガンガンガンガン!

ご飯を食べているはずの娘が、いつも流しているラジオがまったく聞こえないほどの音量で、奇声をあげながらスプーンをテーブルに打ち付けていました。

ガンガンガ、ガン! ガンガン! ガンガン!

私はとっさに娘からスプーンを取り上げました。「あのさ、こういうことするとさ、テーブルさんが『痛い』って言ってるよ!」

動作をまねして、自分が何をしているか娘に見せるつもりが、私が思い切りスプーンを打ち付けていました。

「あのさ」、ガン!
「こういうことするとさ」、ガンガンガン!
「テーブルさんが『痛い』って」、ガンガンガン!
「言ってるよ!」、ガン!

娘以上の大きな音を聞いてハッとしました。娘を見ると、ポカンとした表情で私を見上げていました。ダイニングテーブルが何カ所もへこんでいました。

へこみを見るたびに

その後どうやって食事を終わらせたのか、まったく覚えていません。

もしかしたら、あの頃よくやっていた「仲直りの儀式」として、アイスを2人で食べて、入浴剤を入れたお風呂に入って、いつものように寝たのかもしれません。

ただ、何日たっても、テーブルのへこみが消えませんでした。私はだんだん怖くなりました。もしかしたら、私はたまたまあの夜はテーブルを打ち付けたけど、娘の頬を打ち付ける夜があるかもしれない。

食事を供するたびに、テーブルを拭くたびに目に入るへこみが気になった私は、へこみがある面を、こっそりと夫の位置に動かしました。「わが家のダイニングテーブルが正方形で良かった」と思いながら。

へこみは、だんだん気にならなくなりましたが、でもやっぱり何かの折に目に飛び込んできては、娘のポカン顔と「もしかしたら私は…」という不安が一瞬で頭をさらうことがありました。小学校卒業頃までかかったと思うので、10年くらいの間です。

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小学6年生の誕生日の思い出写真。見返してみると、子どもたちのお祝いのときくらいしか、食卓の写真って撮らないものですね

あの夜から14年。娘は高校2年生です。

じつは今回、思い切ってこの思い出を娘と夫に話しました。娘は「覚えてな〜い」と笑いながら言いました。一方、夫は「ひどいねアナタ。でもどこも傷だらけだよね、ウチのテーブル」と応じました。

気付いたらダイニングテーブル全体には、大小さまざまなへこみができていました。ちなみに、当時娘が使っていたうさぎちゃんの小さな飯わんは、いま糖質ダイエットを続ける夫の飯わんになっています。

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左が当時娘用だった飯わん。奇跡的に割れず、わが家で最も親しまれている食器に。右は現在、娘が愛用中の飯わん

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