【選択的夫婦別姓がわかるQ&A④】旧姓を通称使用すれば問題ないのでは?

【疑問8】旧姓を通称として使用していれば、問題はないのではないですか。

 <答え> 通称はあくまで「通称」であり、戸籍という日本の身分登録簿の姓ではなく、便宜的なものです。通称使用が認められるかは、それぞれの場面で行政や企業などが認めるかどうかによるため、職場や日常生活で認められない場合も少なくありません。

 年金、納税、医療、成年後見人の登記など、まだまだ旧姓を使用できない公的場面は多く、民間の機関ではなおさらです。銀行など金融機関の口座開設、クレジットカードの契約、不動産売買契約・ローン契約、生命保険契約等は、会社によって異なる取り扱いもありますが、多くは戸籍姓によることが必要です。

 銀行口座は、第三者向けには旧姓のみで表示できるようにしている金融機関もありますが、戸籍姓を申告して証明しなければ新規開設はできません。証券会社の口座開設、投資信託や株式取引、国債購入なども戸籍姓でないとできません。

 職場での旧姓使用も拡大していますが、名札や社員証などは旧姓使用できる割合が高いものの、2024年の経団連会員企業に対する調査によれば、給与、税、年金や健康保険などの社会保険関係、人事部門が管理する社員名簿の姓、(顧客などに対し)資格者であることを示す標識(宅建士など)、契約書や登記など公的な書類など、業務上重要な場面においては旧姓が認められないことが多いです。

 21年の内閣府による調査でも、結婚改姓による不便・不利益があると答えた人のうち約6割が「通称では対処しきれない」と答えています。同年4月の衆議院法務委員会で、上川陽子法務大臣(当時)も「旧姓の通称使用につきましては、戸籍上の氏との使い分けが必要になるということになりますので、通称使用の拡大によって社会生活上の不利益そのものも全て解消されているというふうに言い切れない」と答弁しています。

 何より、婚姻前の姓こそ自分のアイデンティティーそのものと感じている人には、日々の生活の中で、それが本来の姓として扱われないことにストレスをもたらします。

 つまり、どんなに通称使用が可能な範囲が拡大しても、通称使用には限界があるのです。

 ◆次の疑問は「旧姓と戸籍姓の二つの名前を使うと困ることって?」→近日公開予定。

【子育て世代の疑問に答えます】

 9月の自民党総裁選で争点の一つになった「選択的夫婦別姓」。夫婦が、同じ姓を名乗る(夫婦同姓)か、それぞれ結婚前の姓を名乗り続ける(夫婦別姓)かを選べる制度です。夫婦同姓を法律で義務づけているのは世界でも日本だけで、晩婚化やグローバル化、IT化など時代の変化に伴い、さまざまな不都合が生じています。そして、その不都合を感じているのは、ほとんどが女性。男性の議員や経営者、裁判官らに訴えても理解を得にくい問題でもあります。

 最近よく耳にするようになったけれど、詳しい内容が分からず、「今までと違うのは、なんとなく不安」という人もいるでしょう。衆院選を前に、子育て世代にも身近な疑問を、別姓訴訟弁護団にかかわる弁護士、榊原富士子さんと寺原真希子さんの著書「夫婦同姓・別姓を選べる社会へ」(恒春閣)を基に解き明かします。

家族の絆がなくなる? 周りは分かりづらい?

子どもの姓はどうなる? かわいそうではない?

別姓だと戸籍はどうなる? 制度が崩壊しませんか?

④旧姓を通称として使用すれば問題ないのでは?(このページ)

選択的夫婦別姓とは

 夫婦が、同じ姓を名乗る(夫婦同姓)か、それぞれ結婚前の姓を名乗り続ける(夫婦別姓)かを選べる制度。1996年、法相の諮問機関「法制審議会」が導入を盛り込んだ民法改正法案要綱を答申したが、自民党保守派から「家族の絆が壊れる」といった反対意見が強く、国会に上程されないまま30年近くの年月が流れた。以前は別姓を認めていなかった国も男女平等などの観点から制度を是正する中、日本は別姓を選べない唯一の国として取り残されている。2023年に婚姻した夫婦のうち94.5%が夫の姓を選択した。

 別姓を認めない日本に対し、国連女性差別撤廃委員会は再三の改善勧告をしている。日本は、旧姓を通称使用する独自の政策を推進しているが、グローバル経済の中、二つの名前を使い分けるローカルルールとして混乱のもとにもなっている。多様性や公平性なども含めて課題に対応する「DEI」の観点から、経団連は24年6月、選択的夫婦別姓の早期実現を政府に求める提言を発表した。

著者の紹介

◇寺原真希子(左) 東京大法学部卒業後、司法試験に合格。長島・大野・常松法律事務所など東京都内の事務所で勤務後、米ニューヨーク大ロースクールに留学しニューヨーク州弁護士資格を取得。帰国後、旧メリルリンチ日本証券での企業内弁護士を経て現在、東京表参道法律会計事務所の共同代表。2011年に選択的夫婦別姓訴訟弁護団に加わり、22年から弁護団長。

◇榊原富士子(右) 京都大法学部卒業後、1981年から弁護士。婚外子相続分差別訴訟、子どもの住民票や戸籍の続柄差別違憲訴訟などを担当。離婚と子どもに関するケースを多く扱う。2009~14年、早稲田大大学院法務研究科教授。2011~22年、選択的夫婦別姓訴訟弁護団長を務めた。