【中学受験と親の役割】志望校はどう選ぶ?伸び悩んだ時の声かけは? 「翼の翼」の朝比奈あすかさんに聞く
質問0:小説「翼の翼」の執筆背景と伝えたかったこと
朝比奈さんが「翼の翼」を執筆しようと思った背景と、読んだ方に伝えたいこと・考えてほしいと思っていることを教えてください。
親としてはつらい、でも作家としては
東京すくすく編集長・今川綾音 読者のみなさんから寄せられた質問に入る前に、まずは中学受験をテーマにした小説「翼の翼」を書こうと思った背景を教えてください。
朝比奈あすかさん 私も子どもの頃、中学受験を経験しましたが、親として子ども2人の中学受験に伴走する中で、自分の気持ちが舞い上がったり、落ち込んだり、不安になったり、非常に揺れ動くことが多くて、とても面白いな、と。
今川 面白い、ですか?
朝比奈さん 母親としては非常につらかったり焦ったりネガティブな感情もありました。ただ、作家としては、大人になってこんなに冷静でいられなくなるような経験はとても面白い、と感じました。
今川 当事者としては大変な思いもされたけれど、小説の題材としては面白いと。
朝比奈さん はい。書いてみたいと思いました。
今川 私の周りにも読んでいる人がたくさんいます。「自分はこういうふうになってはいけないと思った」と反面教師としての感想を持っている親御さんも多いようです。
朝比奈さん この本を読んだ方から、「模試の後、成績の悪い時に子どもを叱りそうになる自分が少し抑えられた」「子どもに暴言を吐きそうになった時に、ぐっとこらえられた」といった感想をいただきました。現実的に役に立ったことをうれしく思います。
今川 まさに受験に向かっている親御さんのブレーキになったんですね。
さて、それではさっそく読者からの質問です。
質問1:志望校の選択 気を付ける点は?
中学進学を考える際に、親は地元公立校も含めてどんな下調べをし、子どもに選択肢を示すにあたっては、どんな点に気を付けるとよいですか?(都内、40代女性、子は中1長男・小2次男)
【質問詳細】 現在、中1の長男が通う地元市立学校があまりにもひどく、個性を伸ばすというよりお行儀よく振る舞うことが求められ、苦手克服に主眼を置く教育方針です。長男は「中学までは地元の友達と一緒がいい」と受験をしなかったのですが、親としては中学受験を全く考えなかったことを半ば後悔しています。取りも直さず、地元の教育環境に関心がなかったことと、経済的にも学力的にも無理のない、いい学校がないか調べようともしなかったことを。ということで、現在小2男子の受験のときは、本人の意欲がもちろん一番大事ですが、いろんな選択肢があることを示せたらいいなあ、と考えています。
中学進学を考えるときに、地元公立校も含め、親はどんな下調べをするとよいのでしょうか。また、子どもに選択肢を示すにあたり、気を付けた方がよいことはありますか?
その子なりの「キーワード」5つ探そう
朝比奈さん 私はたくさんの子どもに指導経験があるとか、中学受験の専門家ではないので、正しいことを言えるか分からないのですけれど、子どもたちの受験を終えて思ったことがあります。それは、いわゆる名門校や難関校といった世間の物差しとは別の、その子なりに選ぶ基準となるキーワードを見つけるといい、ということです。例えば、「校舎がきれい」「運動部が強い」「運動場が広い」「制服がない」など、さまざまな学校の個性をたくさんのカードにして、「5つだけ選ぶならどれかな」と考えるようなイメージです。
独自の観点で選ぶことで、より子どものための受験になり、わが子を深く知る手段にもなります。
今川 世間の物差しではなくて、自分の子が何がしたいかというところに照準を当てるんですね。
朝比奈さん 自分の子どもが主役なので、自分の子どもを見てあげるとよりいいと思います。ただ漠然と「難しい学校を目指そう」ではなく、どういう学校生活を送りたいのかを確認しておくことが大事です。
今川 質問に「公立も視野に入れて」とありましたが、地域の公立校、私立・都立の中高一貫校、どの学校を選ぶにしても通じる考え方ですね。
うちは中学生の娘がいるんですけれど、中学受験はほぼ考えなかったんです。特に東京だといろんな選択肢がありますが、公立だけ、私立だけと絞らずに、広く見渡した方がいいのでしょうか。
朝比奈さん どうでしょうか。「絶対に私立」というのが、自分の中から出てきた価値観なのか、世間の価値観をなぞっているのかを親自身が考え、子どもが本当にそれを望んでいるのか、子どもと対話していくことが大切だと思います。
質問2:伸び悩んでいる時やダメだった模試後の声かけは?
ついつい過干渉になってしまいます。伸び悩んでいる時や、結果が振るわなかった模試後の声かけは、どうしていましたか? 親が自制心を保つためのヒントを頂きたいです。(都内、40代女性)
【質問詳細】 本人が望んで始めた「受験勉強」ではないので、頑張らせているからには何とか合格させてやりたいという思いが拭い去れず、ついつい過干渉になってしまいます。また模試の結果にも本人以上に一喜一憂してしまいます。子どもとの適切な距離の保ち方、伸び悩んでいる時期や振るわなかった模試後の声かけ、親としての心構え…、分かってはいるけれど保てない自制心への対処法などのヒントを頂ければと思います。
子どもは「何も言わないでほしかった」
朝比奈さん 私がどうしていたか、ということだと、もう全然参考になるようなことはありません。「どうしてこんなことになったの」といったことも、心のままに言ってしまっていたので…。
「模試の結果が悪かったときにどういう声かけをしてほしかったか」というのを、この機会に子どもに聞いてみたところ、2人とも「何も言わないでほしかった」と言っていました。塾は成績が落ちた、上がったという結果が、クラス分けや席順で可視化される熾烈(しれつ)な場です。本人が誰よりも感じていることに対して、追い打ちをかけるような言葉は要りません。かといって、表面的ななぐさめは高学年になると見透かされてしまいます。「同情されている、と思うとみじめな気持ちになるので、ほっといてほしい」そうです。
小学生の時はなかなか言語化できないと思いますが、こうした思いがあるかもしれません。親は言いたくなる気持ちをぐっとこらえて、「頑張っていたことは見ていた」と伝えつつ、あまり結果にこだわる姿は見せない方がいいと思います。
今川 胸にぐっときました。「何も言わないで」というのは、「本人が一番分かっているから言わなくていいよ」ということなんですね。分かってないと思うから、親って言葉を重ねるじゃないですか。「この子、このままじゃダメだって分かってるのかなあ」と思うから、ついつい過剰になってしまう。「翼の翼」を読んで、そう感じました。
ケロッとして見える子 実は自己防衛
朝比奈さん 「翼の翼」では、成績がすごく下がったときに、ケロッとして見える子どもをお母さんが「鈍いんじゃないか」と思うシーンがあります。たたみかけるように詰問したら子どもがバーッと泣き出してしまい、「これだけの涙を体の中に本当はためこんでいたんだ」と親が気づく場面です。このシーンは自分の実感からも書いています。
私が12歳の頃もそうでしたが、子どもって、悔しいときこそケロッとしたり、鈍いふりをしたりして自己防衛をしてしまうところがあります。
今川 うちも小学6年生の子どもがいるんですけれど、まさにそうだなあ、と思います。口に出さないだけで、本当は深く傷ついていたり、悔しいと思ったりしているのに、表面上は軽く受け止めているように見えます。
朝比奈さん そうなんです。これは塾の成績だけではなく、学校での人間関係のつまずきや、例えば運動会でリレーの選手に選ばれなかった、やりたかった役割を任せてもらえなかった、といったことでも同じです。子どもも、子どもの世界の中でプライドをくじかれることはたくさんあり、一生懸命演技していたり、踏みとどまって感情を出さないように気を付けていたりします。子どもも豊かな心を持っているということを、親は忘れないでほしいと思います。
今川 親が子どもを見くびっている場面って、結構あるなと感じました。
朝比奈さん はい。子どもを見くびらないようにしないとな、と私も思います。
今川 受験に限らず、胸に刻んでおかないといけないですね。
朝比奈さん 私もです。
質問3:「これが出たら危ない」親の言動の目安は?
親自身にどういう心情や行動が出てきたら気を付けたほうがいいなど、目安になる段階があれば教えてください。(匿名)
【質問詳細】 子どもの中学受験を経験した先輩から、中学受験を考えているなら絶対読んだほうがいいよと薦められて、「翼の翼」を読みました。まだ私は自分ごと化できていないのですが、今後に備えて、親自身にどういう心情や行動が出てきたら気を付けたほうがいいなど、目安になる段階があったら教えていただきたいです。特に夫は受験に対する情報が少ないのであらかじめ共有しておきたいです。
「頑張っていない」と思ったら要注意
朝比奈さん こういう質問をされるということは、すごく子どもへの影響を気にされている、とてもいい親御さんだと思います。私自身はこういうことを考えていなかったので、すばらしい質問だな、と。
私は「子どもが頑張ってない」と思った時が要注意だと思うんです。
今川 子どもが頑張っていないように見えてしまう?
朝比奈さん 子どもを責めたくなる瞬間が来るんですよね。中学受験は子どもがやりたいと言って始めることもあるし、親の希望で始める時もある。始める時は冷静な気持ちでも、思うようにいかないことが出てくる中で、「子どものせいだ」「子どもが頑張ってないからだ」「もっと努力しなかったからだ」と、とにかく子どもを責める気持ちがすごく強まってくる時があります。そういう傾向が出てきて、子どもの頑張りが足りないと思い始めたら…
今川 赤信号?
朝比奈さん はい、まあ黄信号くらいです。その気持ちを抑えればいいので。その気持ちが出てきたら少し気を付けた方がいいと思います。
「中学受験やめる?」の真意は…脅迫
今川 この作品の中ですごく印象に残ったのが「『中学受験をやめろ』は親が子どもに言ってはいけない言葉No.1だ。しかし、同時に言ってしまう言葉No.1でもある」というところです。中学受験ではないけれど、自分もあるあるだな、と思いました。
うちの娘はピアノを習っていたんですけれども、小学生で練習をせずにレッスンに行く日が続いて、「練習しないんだったらやめるか、やめないで練習するか、どっちかだよ」という迫り方をしてしまう。「やめるのは嫌だから、きっとやるって言うだろう」という潜在的な計算のもとに私は言っていたわけなんですけれど。
「中学受験やめろ」「もう中学受験やめる?」という言葉は、そういう言葉なんじゃないかな、と。
朝比奈さん はい、親の心と言葉が一致してないというのが、とてもよくない状態だと思うんですよね。一致してないと、子どもを混乱させたり、子どもからの信頼をなくしたりします。「中学受験やめろ」というのは、まさにそういう言葉。本当にやめさせようとして「じゃあやめよう」と言うのはいいんですけれど、感情に任せて「もうやめなさい」と言ってしまう時って、親は絶対にやめたい、やめさせたいと思ってないんですよ。
今川 やらせたいと思ってるから言うんですよね。
朝比奈さん つまり、脅してるんですよね。「この怠けている状態だと、もうお金払わないぞ」と子どもを脅迫している。恐怖感を与えて勉強させると、点数や結果ばかりを考えるようになり、試行錯誤して力を付けていく機会が奪われます。子どもがやりたい、と思ってする勉強ではなくなってしまうということです。
質問4:お金のかかる中学受験。「元を取りたい」と思ってしまう
お金のかかる中学受験。かけた受験費用に対して「元を取りたい」と思ってしまう気持ちとどう付き合ったらよいでしょうか。(都内、40代女性、子どもは中3娘)
【質問詳細】 子どもが中学受験をしましたが第1志望には受からず、公立中学校に進学しました。現在中3の娘は高校受験に向けて頑張っていますが、塾代、夏期講習代と、びっくりするくらいお金がかかります。「このコースを取りたい」「この合宿に行きたい」という娘に対し、夏だけで30万円という費用に尻込みしてしまい、「うん、いいよ。頑張って」と背中を押せない自分がいます。
私立中に進学した子の親から「第1志望の中学ではなくても、『理数特進コース』のような受験指導の手厚いコースに入れて、学校に仕上げてもらった方が塾に通うよりコスパがいいよ」と聞くと、せっかく中学受験に投資したのだから、私立の受験フォローの手厚い中学校に進ませた方がよかったのでは…と悶々としてしまいます。
国産車1台分が買えるくらいの費用をかけた中学受験。「元を取りたい」と思ってしまう自分がいます。ただ、「元を取りたい」と思って私立の進学重視コースに進ませたとしても、受験一色になってのびのびと中学・高校時代を送ることができず、結果として受験にも身が入らないなど、高校・大学受験のころになって時差で来る落とし穴があるような気もします。
「ここまでお金をかけたのだから、引き返せない」と感じたり、かけた受験費用に対して「元を取りたい」と思ってしまう気持ちとどう付き合ったらよいですか?
結果ではなく過程にお金を払っている
朝比奈さん 「元を取りたい」という気持ちは当然のものというか、私もよく分かるのですが、結果に対してお金を払っていると思わないようにしておくことが大事だと思うんです。合格を買うためではなく、塾の授業や先生のパフォーマンスに対しての費用だと切り替えて。
私は塾の授業がとても楽しかったです。先生たちが身振り手振りで教えてくれたり、新しい知識がいっぱい入ってきたり。好きな科目や好きな先生、そこでしか出会えなかった友達。いろいろ得るものがありました。
知識や学習習慣、勉強をするのはいいことなんだという価値観、大小のテストに向けて計画的に努力する力。こうした力が身につく過程にお金を払っていると考え、結果は付いてくるものと捉えることが大切ではないでしょうか。
今川 中学受験に取り組む経験に対しての費用だと捉えるということですね。
朝比奈さん そうすることで、もし進学先が希望したところではなかったとしても、その子が得た習慣や身につけたものは変わりません。結局、またその先に大学受験や就職活動がある。中学受験の結果でそんなに大きな差がつくとは思いませんので、過程にお金を払ったと思えば、損をするということはまずないんです。
だけど「ここまでお金をかけたから結果を出さねば」と親が思うと、子どもを責める気持ちや結果に対して子どもを否定する気持ちが言葉や表情に出てしまう。それこそが一番危険で、子どもの心に非常に悪い影響を及ぼしてしまいます。親の心の持ちようだけでそこは大きく変わります。
途中でやめにくい「コンコルド効果」
今川 「翼の翼」の中で「コンコルド効果」という言葉が出てきました。一般的には、「これまでかけてきた時間や費用を考えると、このまま続けることが損失の拡大につながると認識していても、やめられなくなってしまう」という心理傾向を指しますが、中学受験にはそういう気持ちになってしまいがちな部分があるように感じます。今、朝比奈さんが指摘された「過程にお金を払っている」ということが頭にあると、少し違うのかなと思いました。
朝比奈さん 「コンコルド効果」は中学受験とは全く別の場で聞いた言葉なのですが、この作品の中で応用しました。例えば、図書館で借りた本だったら、ちょっと読んで面白くないなと思ったら、そこで終わりにして返却するのですが、もし買ってしまった本だと「元を取らなければ」と思って、最後まで読む。それが結果的に面白い本だったらいいんですけれど、そうではなかったときに、残りのページに費やした時間は無駄になってしまいます。なかなか途中でやめにくい世界ではありますが、「お金をかけた」ことを考えずに選択することが必要な局面もあると思います。
なるほど!
グッときた
もやもや...
もっと
知りたい