虐待してしまう親の傷つきを回復するプログラム「マイツリー」 助けを求めづらい父親にも届けたい 都内で初開催
浅野有紀 (2025年10月15日付 東京新聞朝刊に一部加筆)
子どもを虐待してしまう親自身の抱える傷つきを回復するための「MY TREE(マイツリー)ペアレンツ・プログラム」が、各地の子育て支援団体などで行われ、被害の抑止に効果を上げつつある。親に自らの心の傷に目を向けてもらい、気づきを促す内容だ。大阪府の一般社団法人「MY TREE」が開発し普及に取り組むが、修了生は母親1632人に対し、父親は31人と少ない。男性は自分の弱さを認めづらく、助けを求めようとしない傾向があるといい、今年は都内で初めて父親向けが開催されるなど、力を入れている。

マイツリーの「ペアレンツ・プログラム」を受講し、「親子関係が変わった」と話す男性
普通の親子関係に「憧れていた」
「親にされて嫌だったことを我慢しなくてよかったんだ」
東京都内で3人の子どもを育てる男性(49)はプログラムに参加し、ほっとしたようにつぶやいた。
幼少時、酒に溺れた父に「お前が15歳になるまでは殴る」と暴力を振るわれた。小学生の頃はゲームを取り上げられ、難関中学の入試問題集を渡された。父は母に手を上げることも。「いい子にしないと両親が離婚してしまう」と思い込み、机に向かった。成績が悪いと殴られたが「傷ついても克服してなんぼ」と、歯を食いしばった。
「自分が母を守らなきゃ」と、強くあろうと心がけてきた。
親になり、この経験が裏目に出た。男性は自身の父親にされたように、長男が幼い頃から、激しく叱ってきた。中学生の時、登校せずゲームをする姿に怒りが爆発し、胸ぐらをつかんでねじ伏せた。長男が「体調が悪く休む」と説明しなかったことを叱ろうとして、止まらなかった。
「暴力的になりたくてなっているわけじゃない。普通の親子関係に憧れていた」

男性が心に響いたという気持ちのワーク
幼少期に傷ついた自分と向き合う
理想と現実の間で苦しむ男性は、心療内科を受診し、治療を試みたが効果はなかった。新聞記事でプログラムを知った妻が、男性に受講を勧めた。
男性は2月から、都内で社会福祉法人「子供の家 ゆずりは」が初めて実施したプログラムに参加。全17回を通して、少人数のグループで子育ての悩みのほか、幼少時に傷ついた体験を語り合い、共感を深めた。自分の感情や行動の背景にある不安に目を向け、怒りに任せずに表す方法も学んだ。
父親向けには、「男なら泣くな」など、男性に刷り込まれてきた価値観を解きほぐすロールプレーもある。男性は受講中から、暴力や暴言で子どもを抑え込まずに会話できるようになり、高校生になった長男から相談されることも増えた。
妻は「加害側の意識を変えるために、幼少期の記憶までさかのぼるプログラムはなかなかない」と実感する。
プログラム名は「ペアレンツ・プログラム」。法人設立前の2001年、子育ての責任が母親に押し付けられる社会的風潮の中で、虐待してしまう母親を支援しようと始まった。
ただ、加害者は母親だけではない。同法人名誉会長の森田ゆりさんが2021年に父親向けにプログラムを改編し、今年は大阪府と栃木県のNPO法人などでも実施するが、今年3月末時点の修了者は母親1632人に対し、父親は31人だ。
現在、プログラムを実践するのは17団体のみで、全国に広がっていないのも課題だ。参加しやすくしようと受講費を無料にしているため、マイツリーの資金繰りは厳しく、昨年、寄付を募り、220万円を集めた。一部を昨年度に手弁当で実施した団体の人件費に充てたという。代表理事の中川和子さんは「親の回復に関心を持ってくれた方々の思いを胸に現場で実践したい」と話す。

父親向けプログラムの研修をする森田ゆりさん(中央奥)=森田さん提供
子育てスキルを伝える新プログラムも
「ペアレンツ・プログラム」には、怒りへの対処法や体罰に代わるしつけの方法など、子育てに役立つスキルが多く含まれる。マイツリーはこれを活用し、子どもとの関わり方を伝えようと、昨年から一部を改変した「子育てプログラム」も始めた。親自身の痛みと向き合うワークがないのが「ペアレンツ」と異なる。
東京都港区は、国が利用者負担を補助する「親子関係形成支援事業」の一環として、社会福祉法人「子供の家 ゆずりは」に委託して9月から開始した。18歳までの子どもがいる保護者が対象。神奈川、栃木、和歌山、奈良でも実施される。中川さんは「里親や行政で相談を受ける人ら子どもと関わる多くの人に参加してもらいたい」と話す。
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