深夜まで塾、寝るのは日付が変わってから 「あなたのためよ」は教育虐待のサイン?〈ソーシャルワーカー鴻巣麻里香 10代の相談室〉4

相談:塾の課題で毎日疲れています 逃げたくなる私が悪い?
学校が終わると深夜まで塾、そのあとは家で課題をやるので寝るのは日付が変わってからで毎日とても疲れています。試験の成績を落とすとスマホも取り上げられて外出もさせてもらえなくなるので頑張らないといけないのに、逃げ出したい気持ちでいっぱいです。親は「あなたのためよ」と言います。お金もたくさん出してくれてるし、逃げたくなる私が悪いんでしょうか。(中学3年女子)

イラスト・東茉里奈
連載「10代の相談室」
精神保健福祉士の鴻巣麻里香さん(46)が、中高生を支えるソーシャルワーカーの立場から、10代の悩みや葛藤をときほぐし、向き合います。保護者や学校の先生など周りの大人がしてしまいがちな、子どもたちをつらくさせる言動への対処の仕方も丁寧に伝えます。回答の最後には、10代を見守る周囲の大人へのメッセージを「大人のみなさんへ」としてつづります。
回答:休むのも遊ぶのも権利です
「権利」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。権利、あるいは人権とは、人が人らしく、つまり私たちそれぞれが私らしく生きるために、「していいこと」や「してほしいこと」あるいは「されてはいけないこと」です。権利は全ての人間が、生まれながらにして当たり前に持ち、守られているものです。
しかし、社会的に弱い立場に置かれた人ほど、権利が守られなくなってしまうことがあります。みなさんのような「子ども」もそうです。ですので、弱い立場にある子どもの権利がちゃんと守られるよう、それぞれの国が取り組まなければならない決まりが定められました。その決まりを「子どもの権利条約」と言います。

子どもの権利条約には、子どもたちが暴力を受けないことや貧しくならないこと、差別されないこと、戦争に巻き込まれないこと、健康に生きること、教育を受けチャレンジできることなどが「大人が子どものために守らなければいけないこと」として記されています。
教育のためにちゃんとお金をかけ、応援してくれる大人は、その権利を守ってくれていると言えます。ですが、子どもの権利の中には「休む権利」と「遊ぶ権利」も記されています。眠る時間、何もせずぼーっとする時間、好きなことをする時間、それらも私たちの健康を守るために必要不可欠だからです。十分な睡眠をとれない、遊ぶ時間がない、気持ちや身体が休まらない、これらはどれも権利の侵害です。

相談者さんの親は「あなたのため」と言います。本当に「あなたのため」なら、真っ先に「あなたはどうしたい?」と意見を聞いてくれるでしょう。聞かれて意見が出てこない時は、考えがまとまるまで待ってくれたり、一緒に考えたりしてくれるでしょう。子どもが意見を言う権利は、意見表明権として守られています。
子どもの意見を聞くというプロセスを省いた「あなたのため」は、大抵の場合「自分の(親の)ため」です。子どもには教育を受ける権利も健康にすごす権利も、休んで遊ぶ権利もあります。どれかひとつでも軽んじられてはいけません。

イラスト・東茉里奈
私のため、は一緒に決めたい
暴力を受けていない、ごはんも食べさせてもらえる、だけれど苦しくて逃げ出したい。そんな時は、あなたの権利が侵害されているかもしれません。意見を聞いてもらえなかったり休ませてもらえないなどです。お金があるかどうか、優しいかどうかは関係ありません。権利を侵害する行為は、あなたから子どもとして生きる大切な時間を奪う、わかりづらい暴力(虐待)のかたちです。
中でも子どもの休む時間や遊ぶ時間を奪って勉強や受験を強制する、休んだり成績が下がったりすると罰を与えるなどは、「教育虐待」と呼ばれることがあります。
「あなたのため」のひと言はそのサインです。そのひと言をきいたら「何が私のためかは一緒に考えて決めたい」と伝えてみましょう。あなたの親がその願いを無視したり逆上したり説得しようとする場合は、親はこれからも権利の侵害を続けてくるはずです。今すぐは無理でも親から「離れる」「逃げる」も将来の選択肢にいれましょう。
大人のみなさんへ:あなたの子どもは別人格です
あなたの子どもは、あなたとは違う人格を持っているということです。当然のことですが、親子の関係において親の側がそれを忘れてしまうことが多々あります。

親として子どもの幸せを願うことは当たり前です。
その際、自分の成功体験や失敗、あるいはメディアに登場する他の親の子育て方法を参考にすることもあるでしょう。ですが自分の成功は自分だけのもの、目の前の子どもに当てはまるとは限りません。人格が異なり、生きている時代が異なるからです。失敗も同様です。そして子どもは、親の「うまくいかなかったこと」をリカバリーするための道具ではありません。
子どもの人生を親がデザインし、つまずくリスクを減らし、自分の経験を参考に努力や我慢を強いて、その子が名の知れた学校に進学したり、大きな企業に就職したり、立派な資格をとって不自由のない人生を送ることになっても、その子の中に「私が自分の力で成し遂げた」という手応えが果たして残るでしょうか?
子どものためは親の不安です
子どもに「あなたのため」と言いたくなる時は、大抵の場合、親が不安に陥っています。
そして今の世の中には、親を不安に陥れる仕掛けがたくさんあります。将来が見通せない不安定な経済状況や、子どもの数だけ形があるはずなのに成功したスポーツ選手や有名な大学に進学した子どもの親を「子育ての正解ケース」として報じるメディアなどがその例です。
私たち大人は不安でいっぱいですが、それを理由に子どもの権利を侵害し、子どもに安心させてもらおうとすることを、自分たちに許してはいけません。大人はきちんと「私の不安」として向き合い、対処しましょう。

「あなたのため」のひと言が自分の口から出てきたら、不安のサインだと思ってください。そして子どもをちゃんと休ませているか、遊ばせているか、秘密を暴いていないか、束縛していないか、そしてちゃんと意見を聞いているか、自分の行動を振り返ってみてください。
子どもに伝わるのは行動と言葉だけです。いくら子どもを思いやっていても、行動が権利を侵害していたのであれば、あるいはいくら「あなたが大切」だと言葉で伝えても行動と矛盾していたのでは、子どもはただ苦しく、そして混乱します。
将来の不安に押しつぶされそうになったら、今目の前に存在している子どもの、今ここの幸せや健康、願いに集中しましょう。
鴻巣麻里香(こうのす・まりか)

1979年生まれ。ソーシャルワーカー、精神保健福祉士。子ども時代には外国にルーツがあることを理由に差別やいじめを経験する。ソーシャルワーカーとして精神科医療機関に勤務し、東日本大震災の被災者・避難者支援を経て、2015年、非営利団体KAKECOMIを立ち上げ、こども食堂とシェアハウス(シェルター)を運営している。著書に「わたしはわたし。あなたじゃない。 10代の心を守る境界線『バウンダリー』の引き方」(リトルモア)、「思春期のしんどさってなんだろう? あなたと考えたいあなたを苦しめる社会の問題」(平凡社)などがある。
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