なぜ夫婦は「産後クライシス」に陥る? 防ぐために必要なことは? 取材した記者と語った【新聞記者ラジオ】

中村真暁、浅野有紀 (2025年12月9日付 東京新聞朝刊)

出産後に夫婦の仲が急速に冷え込む「産後クライシス」は、離婚や2人目以降の出産を躊躇(ちゅうちょ)する要因にもなると言われています。

東京新聞デジタルの連載「私たちの産後クライシス」の取材を手がけた浅野有紀編集長をゲストに、危機が起きる背景と夫婦間のすれ違いを埋めるには何が必要なのか。

ポッドキャスト「新聞記者ラジオ」で深掘りしました。(聞き手・中村真暁、小川伸宏)

今回の参加メンバー

浅野 有紀(東京すくすく編集長) 里帰り出産を経験し、育休から復帰後に「ガルガル期」を経験

中村 真暁(デジタル編集部) 小中学生と保育園児の3人の母。夫の単身赴任でワンオペ育児を経験

小川 伸宏(人事部) 2025年に子どもが誕生(1人)。仕事と育児の両立に取り組む

夫の投稿に衝撃「幸せなのは自分だけだった」

中村 今回の新聞記者ラジオは、「産後クライシス」がテーマです。

小川 言葉は浸透してきましたが、実際に何が起きているのか、背景はまだ見えていない部分が多いですよね。

中村 現場を取材してきた浅野有紀記者に、リアルな声と課題を聞いていきます。浅野さん、よろしくお願いします。

浅野 よろしくお願いします。

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新聞記者ラジオの収録で産後クライシスをテーマに語り合う、左から小川伸宏、浅野有紀、中村真暁の3人=東京都千代田区で(松崎浩一撮影)

中村 連載を始めたきっかけは、読者からの衝撃的なコメントでしたね。

浅野 はい。東京新聞の子育てウェブメディア「東京すくすく」で産後クライシスを取り上げた2019年の記事が、2025年4月ごろから突然、読まれている記事のランキングに入り始めたんです。そのコメント欄に取材を受けてもいいという男性から「現状に戸惑っている」という声が届いたんです。

中村 そのコメントを小川さんに読んでいただけますか。

小川 はい。夫の方のコメントです。

「うちは出産後は一見平和で幸せな時間が過ぎていたと思っていたのですが、子どもが5歳になったころから妻の産後の悲しみが突然爆発し始めました。(中略)当時のことを思い出すと、妻は幸せそうにしていたイメージがあり、強く非難された記憶もなく、自分も世に言う全く家事育児をしない夫ではなかったと思うので、どのように表現していいか今も全く分かりません」

「抱っこの仕方やミルクのあげ方とかより、お母さんはどんなに笑顔で幸せそうに見えても、体はずたぼろで、育児中ずっと台風の暴風雨の中を赤ちゃんを抱えてさまよっているくらいの肉体や精神状態なんだから、男性はとにかくそれを強く意識しなさいと教えてほしかった。本当にわからなかったんです」

浅野 夫婦は結婚20年で、夫は幸せな結婚生活だと思っていたのに対し、妻は結婚後に夫が変わったと感じていました。自分も自由に暮らしているからいいか、と思っていましたが、子どもが生まれて、それではだめだったということです。

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決定的なすれ違い 夫の善意と妻の絶望

中村 記事は夫と妻それぞれの一人語りで、互いにどう見えていたかが理解できますが、すれ違いはやはり決定的なものでしたか?

浅野 本当に決定的にすれ違っていました。同じエピソードでも受け止め方が全然違うし、夫側には「言いたかったことはそうじゃない」という気持ちもある。夫は直接お会いして話すと、「妻のことが大好きなんだな、頑張れ」って応援したくなる人柄なんですが、妻側の話を聞くと、全然噛み合っていないのが浮き彫りになってさらに歯がゆさを感じました。

中村 特に印象に残ったエピソードは。

浅野 夫は産後の女性の気持ちを理解しようと努力し、たくさん本を読んで、家事育児の時間も増やしていました。だけど妻に「変化を感じますか?」と尋ねて返ってきたのは、「分かってほしいのは産後の女性ではなく、私の気持ち」という言葉。妻が求めていることとずれていた。

中村 昼ご飯の件もありましたね。産後すぐで買い物にも行けない妻が「買ってきて」とお願いしても、夫がいつも忘れちゃっていると…。

浅野 忘れちゃっているわけではないんです。夫としては、「自分が食べたいものを自分で選んだ方が、彼女にとっていいんじゃないか」という思いやりだった。でも妻からすると「は?」というすれ違いですね。

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「産後クライシス」をテーマに新聞記者ラジオの収録をする浅野編集長

小川 自身も妻の出産の際に胎盤を見て、女性の体への負担の大きさを痛感しました。産後は体調が良くなく、静かに寝ているべきだという知識もありました。ただ、初めての育児はわからないことだらけで、妻が選択することが多くなり、僕が指示待ちになる部分もありました。指示待ちの方が楽だと感じてしまう部分はあると思います。

中村 私も今回の収録を前に、夫と産後クライシスについて話してみました。出産を経験できない相手にどこまで理解してもらうか、難しいところですが、互いに相手のことを思う想像力が大事だよね、という話になりました。

変化を強いられる妻、変われない夫

中村 浅野さん、なぜ夫婦のすれ違いがこれほどまでに深刻化するのでしょうか。

浅野 女性は産後、ホルモンバランスが崩れて「ガルガル期」に入ることがあるといわれます。女性は嫌でも心身が変化し、赤ちゃんに対応しなきゃと変化を迫られるのに対し、男性は何も変わりません。コミュニケーションをとろうと一生懸命に、強く意識しないと、妻の方が先に走って行って、夫が置いて行かれる状況は自然に発生するのだろうと思います。

小川 ワンオペ育児はものすごく大変だろうと今はすごく思います。私自身、子連れで出かける準備を一人で全てやってみたんですが、荷物もパンパンで、1時間ぐらいかかってしまい、クタクタでした。「仕事と育児はどっちが大変?」と聞かれることがあります。この質問はあまり好きではありません。育児は24時間ですし、育児の方が大変な部分も当然あります。

中村 育児をしているその空間に互いが「いる」っていうことも結構大事ですよね。もう一人いるかいないかで全然空気が違う。

浅野 一方で、2019年の産後クライシスの記事のコメントには「妻の態度がひどすぎる」という声も多く寄せられています。夫側の意見として、「俺だって一生懸命調べて頑張って育児してるのに、違うと否定されたりとか拒否されると、やる気を失う」というコメントもありました。

小川 上から指摘されると、頑張ろうという気持ちが削がれてしまうのは理解できますね。

浅野 私はこの取材を機に、一つ一つ擦り合わせを丁寧にすればよかったと自戒を込めています。今はコミュニケーションのトレーニング中。私自身も育休復帰後に夫に指示する、冷徹な人になってしまったと反省しています。夫婦は子どもを支えるチームなのに、上から伝達するような態度を取ってしまったのは間違っていました。

我慢しなくていい。諦めなければ関係は変わる

中村 なぜ今、産後クライシスがこれほど注目されているのでしょうか。

浅野 今までもきっとあった問題で、やっと名前がついたのだと思います。その前の世代の方々も我慢してきたのかもしれません。今は働く女性も多くて、我慢してやり過ごすわけにはいかないと、声を上げられるようになったのかもしれません。

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小川 女性が働くのは当たり前の中で、出産は女性側の負担が圧倒的に大きい。さらに、実家から離れて暮らしている人も多いので、周囲に頼れず、女性の負担がより大きくなっていることもあるかもしれないですね。

浅野 会社側も子育て世帯に対して「育休を取りなよ」「早く帰りなよ」と、今は仕事を緩める時期だという認識がもっと広まってほしいです。

中村 わが家は3人目が生まれた後、私の育休が明けたタイミングで夫の育休とバトンタッチしました。夫も私もそれぞれ、1年ほどずつ育休をとっています。私は夫の育休中にがっつり働いてしまい、夫との関係がギクシャクした経験があります。その後、お互いのつらさを話し合って、バランスが取れるようになりました。男性も、女性も、互いの役割が固定化されてしまうのはつらい。そうなる前に、「つらい」ってちゃんと言って話し合うことも大事だと感じます。

小川 夫婦間でコミュニケーションをよく取ることが大事だと思います。ただ、感情を抑えてから伝える、言うタイミングも重要だと感じます。

浅野 それが難しいのですけどね。今つまずいている方も、変わりたいという気持ちがあれば、夫婦関係はきっと変わりゆくものだと思います。希望は捨てないでほしいです。

中村 浅野さん、引き続きの取材、楽しみにしています。本日はありがとうございました。

浅野・小川 ありがとうございました。

この記事は音声番組を基に作成しました。新聞記者ラジオはYouTubeでも配信しています。

これまでの放送はエピソード一覧を紹介するページからでも聞けます。東京新聞記者が同僚記者を直撃するポッドキャスト「新聞記者ラジオ」

取材した妻から編集長が受け取ったメモ

今回、連載で取材させていただいた妻は夫の協力が得られなかった産後に感じたことを「出産にまつわる言葉のイメージと現実のギャップ」として記録していました。いただいたメモの一部を紹介します。

 「退院」元気になって帰ってきたというイメージを持たれやすい。実際はまだ子宮からの出血が続き、起き上がるのも歩くのも痛みが伴い、さらに授乳によるダメージもあり、元気とはとても言えない。

 「赤ちゃん」日ごろ、新生児を目にすることはないので、みんなが見たことのある赤ちゃんはもう少し月齢が大きく、おむつのCMで見るような機嫌がいいイメージを持ちがち。実際の新生児はよく泣く、なかなか眠れないなど個人差が大きく、世話をする負担も大きく異なる。

 「出産」男性にとっては、仕事とは対極にある「プライベートなこと」というイメージで、個人の問題と捉えられがち。女性にとっては、未来の社会を担う人を生み出す「パブリックなこと」。社会の一員を育てるために、みんなで喜び家族や社会と協力して成し遂げるべきこと。

 これらのような言葉のイメージによる無意識の思い込みが強いほど、実際の状況を正しく理解する妨げになるのではないか。それがそのまま夫婦間の溝になるのではないかと締めくくっています。

 同じ過ちを繰り返さないようにと、夫婦は取材に向き合ってくれました。託された思いを胸に、コメントをくださった方々を取材していきます。

元記事:東京新聞デジタル 2025年11月9日

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