プレーワーカーとして働く原点は被災地で出会った子どもたち 心から安心できる居場所づくりを【香港プレーパーク奮闘記・中】

智楽のスタッフが運営への不安や疑問を書きだしたボードを見せる堀田奈都希さん。開園前の研修で活用した=香港・紅磡(ホンハム)の夢想無界二份一遊楽場で
ストレスで蹴ったり殴ったり…
そこにいたのは、被災によるストレスを抱えた子どもたちだった。ボランティアに対して「よそ者」と怒鳴ってくる子。蹴ったり殴ったりしてくる子。それでも一緒に遊び、時間を共有するうちに、不安定だった子どもたちの感情が穏やかになった。子どもが心から安心して振る舞える場をつくる大切さを実感した。
卒業後には同市のNPO法人に就職し、支援を継続。ある日、いつも一緒に遊んでいた小学2年の男の子を仮設住宅に送っていったときのこと。その子がぽろっと「津波見たことあるよ。人も流れていった」と語ってくれた。「災害時でもそうでなくても、こうした気持ちを吐き出せる場所や人の存在は大切だと思う」
17年には、プレーパークの先進地・英国での研修ツアーに参加。親が薬物やアルコール依存で家庭環境が難しい子もいたが、大人が正面から向き合い、居場所を提供していた。「やってきたことは間違っていない。この分野を極めたい」。22年から2年間英国に住み、実務経験を積んだ。

砂地や即席の遊具などで自由に遊べる「夢想無界二份一遊楽場」
よりよい場へ議論やロールプレー
キャリアを評価されて香港に招かれ、まず取り組んだのは、開園準備とスタッフ研修だった。初の常設プレーパークのため、運営団体の「智楽(Playright)」としても、現場を取り仕切るノウハウを欲していた。
スタッフたちに運営上の不明点などを書き出してもらい、互いの理解度を共有。遊具の安全チェックリストを作り、「子どもが投げた砂が別の子の目に入った」などのアクシデントを想定したロールプレーも行った。職員のクリスティ・チョウさん(37)は「同僚が直面した問題に対してすぐ答えを出すのでなく、どう解決すべきか一緒に考えてくれる。彼女の経験値は私たちの自信につながっている」と話す。
香港人スタッフの多くは英語を話せるが、母語は広東語。堀田さんには英語で対応してくれるが、スタッフ同士の広東語会話にうまく入れず「疎外感を感じることもあった」という。それでも人工知能(AI)を駆使して言葉をその場で翻訳するなど、溝を埋める努力を続けた。「何とか使命を果たし、貢献したいという思いだった」
〈香港プレーパーク奮闘記〉香港初のプレーパークで奮闘する堀田さん。その姿から、国や地域が違っても変わらない子どもの「遊び」の大切さを3回の連載で考えます。
香港初のプレーパーク誕生の裏に一人の日本人女性 日英での経験買われ「自由な遊び」熱烈支援
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