保育施設で6歳の娘を亡くした母親が、教訓を伝える絵本を作り読み聞かせ 東日本大震災から15年 

大野雄一郎 (2026年3月11日付 東京新聞朝刊)
 2011年の東日本大震災では、最初の揺れが保育施設が開いている午後2時46分に発生した。効果的な避難により多くの幼い命が救われた一方、助からず亡くなった子どもたちも。被災地では教訓を伝えようと、正しい避難の大切さを説く絵本も作られた。保育施設で子どもを守るために求められる対策とは、保護者が心がけておくべきこととは-。
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園児や職員に向かって絵本「2人の天使にあったボク」を読み聞かせる佐藤美香さん=宮城県塩釜市の認定こども園「やまつみ」で

避難途中で園児5人が犠牲に

 2月下旬、宮城県塩釜市の認定こども園「やまつみ」。年中と年長児約20人を前に、一人の女性が絵本の読み聞かせをしていた。タイトルは「2人の天使にあったボク」。みな真剣な表情で聞き入っている。

 絵本を読むのは、東日本大震災で当時6歳の長女愛梨ちゃんを亡くした同県石巻市の佐藤美香さん(51)。愛梨ちゃんが通っていた同市の日和幼稚園では、地震の直後に園児を帰宅させようとバスに乗せ、園がある高台から低地に移動させたことで、愛梨ちゃんを含む園児5人が犠牲になった。

 その事実をふまえた絵本を通して命の大切さを次の世代に伝えようと、同園の遺族有志の会が3年ほど前に、仙台白百合女子大(仙台市)に制作を依頼した。

 背景には、震災が遠くなりつつあるとの危機感もある。「震災を知らない子どもたちが増えてきている。災害が起きた時に『まず避難』という発想にならないかもしれない」と佐藤さん。だからこそ「手に取りやすい絵本という形で防災を考えるきっかけにしてもらいたかった」と振り返る。

 同大では、学生らでつくるプロジェクトチームが始動。園児たちが発見された現場や慰霊碑に足を運び、話し合いを重ねた。統括した同大子ども教育学科の千凡晋(チョンボンジン)准教授は「恐怖を植え付けるのではなく、子どもが災害時に取るべき行動や選択が自然と分かるよう心がけた」。2024年3月11日、絵本は完成した。

亡くなった娘を思い出すが…

 絵本では、ある日、海沿いで遊んでいた男の子が地震に遭う。怖くて動けずにいると「2人の女の子」が現れ、何も言わずに安全な高台へと誘導してくれる。いつの間にか女の子たちの姿はなくなっていたが、後に男の子は、その2人が震災で犠牲になった子と同じ名前だったことを知る…。

 佐藤さんは、保育施設での読み聞かせにも力を注ぐ。愛梨ちゃんと同年代の子を見ると、どうしても当時の姿を思い出してしまうが「とにかく、娘のような被害に遭ってほしくない。未来に命をつなげるために伝え続けなければならない」との思いが背中を押す。

 同時に、「先生にも一緒に聞いてもらいたい」との思いもある。愛梨ちゃんが亡くなったのは、幼稚園の管理下でのこと。「親は園の先生に子どもの命を託すことしかできないんです」

 その切実さは、園側にも響く。「やまつみ」の津田勇健園長は「話を聞くと職員も胸が締め付けられる。職員には『自分たちも子どもたちをしっかりと守っていこう』と感じてもらいたい」と話す。

 読み聞かせの後、佐藤さんは子どもたちに優しく語りかけた。「みんなは地震が起きたとき、どうしなきゃいけないって思うかな?」

 絵本は1980円。ニシハタシステム(大阪)の通販サイトで購入できる。

 災害時に保育施設はどうやって子どもを守ればいいのか。この問いに、東北から離れた地方の保育施設も向き合っている。
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地震を想定した訓練に立ち会い、園の職員らに助言する愛知県立大の清水宣明名誉教授(左)=同県春日井市の神領保育園で

園で午睡中、食事中を想定した訓練

 「揺れが収まりました。アクションカードに沿って対応をお願いします」。愛知県春日井市の神領保育園で2月中旬にあった防災訓練で放送された呼びかけに、職員たちの表情が引き締まった。午睡の時間に震度5強の地震が発生したという想定。職員たちは手分けして、子どもを落ち着かせたり、窓ガラスの破損や落ちそうな物を調べたりした。

 カードには地震が起きた際に、職員が取るべき行動が「午睡中」「食事中」など状況ごとに分けて記されている。午睡中なら、職員は、園児が安全な場所で寝ている場合は無理に起こさず、けがを防ぐため布団をかけるといった行動も明記されている。

 同園では、災害危機管理に詳しい愛知県立大の清水宣明名誉教授の助言を受けながら、状況ごとに複数のカードを作って職員で共有し、防災訓練などの機会に対応の手順を確かめている。起こり得る事態をできるだけ具体的に想定することで「災害時でも自信を持って対応できれば、その雰囲気を子どもたちも感じ、安心してもらえる」と松宮千里園長は話す。市によると、同様のカードは市内29の公立保育園で作成済みだ。

 防災への意識向上を促そうと、国も2023年4月、保育園や幼保連携型認定こども園などで、災害や感染症に見舞われた際の業務継続計画(BCP)を作成することを努力義務化した。ただ、清水さんは「立派なマニュアルを作っても、災害時にきちんと機能しなければ意味がない」と警鐘を鳴らす。必要なのは、神領保育園のように、可能な限り被災時の状況を具体的に想定して動けるようにすることだ。

図:神領保育園のアクションカードの一例

小さい子を連れて移動できるのか

 思い込みを排除する必要もある。例えば、災害時は公的な避難所への移動を思い浮かべがちだが、清水さんは「小さい子どもたちを連れて外を移動できるのか。過剰な避難行動はかえって危険」と疑問視。園舎の倒壊などがなければ「物資の備蓄がある慣れた場所にとどまったほうが安全だ」と訴える。

 また、災害時に保護者が園にわが子を迎えにいくという行動も避けるべきだという。「保護者は救援隊ではない。被災したエリアで子どものことしか頭になくなると、逆に保護者の身が危なくなる」。LINE(ライン)などで事前に保護者らと園側が参加したグループを作成しておき、有事の際は子どもたちの様子をそのグループ上で共有できるようにすれば、保護者の不安を減らすのに役立つ。

 被災時に予想される状況を細かく想定しておくことは、一般社団法人「日本保育防災協会」(東京)も推奨する。西畑進太郎代表理事は「災害発生の時間帯や季節によっても求められる行動は変わってくる。指揮する立場の園長先生が不在になるケースなども想定した方がいい」と指摘。その上で「前提として、保育者自身が無事でいなければならない。この視点が抜け落ちてしまうことも多い」と注意を促している。

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