映画監督 香月秀之さん すぐ怒るおふくろは、おやじが残した8ミリの中では優しかった

両親について話す映画監督の香月秀之さん(石橋克郎撮影)

各界で活躍する著名人が家族との思い出深いエピーソードを語るコーナーです
おふくろは宝塚、おやじは映画が好きで
おやじが8ミリに凝って、回してたフィルムが出てきたんですよ。幼い僕とおふくろの様子が収められていました。
僕ね、小5でおふくろを亡くして。お母ちゃん子だったけど、すぐ怒ってパチーンとたたかれる「怖い」ってイメージがありました。おふくろは添加物とかにこだわってて、紙芝居で売ってるあめを友達と買って食べただけで押し入れの中に3時間ぐらい入れられたりね。
それが、その映像を見るとすごーく優しい感じ。運動会のお遊戯で一緒に踊って。親戚一同の温泉旅行で僕がなぜかすねてると、おふくろが来て一生懸命僕の機嫌をとる姿が残ってました。うれしかったですよ。うちの映像制作会社「フレッシュハーツ」で、思い出の写真やアンケートから自分史、家族史のメモリアル映像を制作する事業を始めるきっかけになりました。自分の中で気付いていなかったことを思い出すこともあります。おやじとおふくろの写真でモデル映像を作りました。
おふくろは宝塚の大ファンで、兄貴と僕はよく連れていかれました。文化的なものが好きなんですよ。(堺市の)堺東に高島屋があって、晩ご飯の買い物に行くと帰りに銀座通り商店街の映画館で映画を見て帰るんです。僕は意味もわからないで「天地創造」(1966年)とか見てたんですよ。
おやじも映画が好きでした。日曜洋画劇場を毎週見せられる。「この人がゲーリー・クーパーと言ってな」とか教えてもらって。昔の俳優の名前は全部子どもの頃覚えちゃった。僕はそういう影響を受けてるのかもしれませんね。
おやじが死ぬ間際に僕の顔をふっと見て
建具会社の娘だったおふくろと結婚したおやじは、独立して一時はブルーやオレンジの雨戸を作ってヒットしました。でも、おふくろが亡くなった後に再婚すると、おふくろのきょうだいたちの怒りを買って。叔母が銀行の保証人を降りて、乗り切れずにつぶれたんですよ。その後もずっと苦労してました。僕が大学4年の時、動脈瘤(りゅう)破裂で入院。死ぬ前に僕の顔をふっと見て「もうええ」と言って死にました。英国にいた兄貴に国際電話で「『もうええ』って言ってたから、もうええんちゃうか」と話しました。
育ての母親も薄幸な人で、おやじの会社がつぶれる直前に来たからずっと苦労して。2012年、肺気腫で亡くなりました。
メモリアル映像事業から映画「お終活」シリーズが生まれました。最新作は三田佳子さんと小日向文世さん演じる親子を通して認知症に向き合っています。僕は親がもういないから、友達や周りに体験談をいっぱい聞きました。
子どもの頃に親を亡くすと悲しいです。ただ、もし今生きてたら、おふくろはむちゃくちゃ気が強いから…。なんか人生平等というか、最新作主題歌でさだまさしさんが歌う「神さまの言うとおり」。帳尻が合ってる気もしました。
香月秀之(かつき・ひでゆき)
1957年、堺市生まれ。東映京都撮影所の助監督として映画界へ。96年に「不法滞在」で劇場映画デビュー。監督作品に「借王<シャッキング>」シリーズ、「デコトラの鷲(しゅう)」シリーズなど。「お終活」シリーズの最新作「お終活3 幸春!人生メモリーズ」が5月29日から全国で公開される。
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