結果は結果、努力は努力。日本最速ランナー・山縣亮太さんに聞く「速く走るコツ」メンタル編〈アディショナルタイム〉
けがに悩み「投げ出したい」でも…
山縣さんはリオ五輪の4×100メートルリレーで銀メダルを獲得。100メートルで日本記録を更新するなど、輝かしい実績がある一方、挫折も数多く経験してきました。
「日本で最初に9秒台を出す男」と期待されながら、ライバルの桐生祥秀選手に先を越されたり、けがに悩まされたりして、満足に走れない時期も長く続きました。「全てを投げ出して、海外で皿洗いしながらやり直そうかと思ったこともありましたよ」と冗談めかして話します。
そんなときに考えたことは、「中途半端なところで投げ出しても、じゃ、僕の場合、陸上以外の何かをやるにしても、同じくらいの壁にぶち当たったときに、また投げ出すのも嫌だな、と。いけるところまでは頑張りたいと思ったんです」。
けがや不調は「飛躍のチャンスだ」
それでは、けがをしたときにはどのように考えてきたのでしょう。
「けがをしたとき、僕は割と『飛躍のチャンスだ』と思えるんです。けがは自分の体の使い方が悪いから起きることが多くて、悪い癖を抱えたまま競技を続けても、先が知れている。だったら、二度と起きないように、根本的に機能改善をしていきましょうと考えています。新しい動きを手に入れて、一段レベルアップした自分を見られるのって楽しいと思うんです」
ポジティブであり、理論的でもある思考法は、不調のときやうまくいかないときも同じ。
「悩み多き人間なんで、正直、気持ちの切り替えができないくらいモチベーションが下がるときもあります。でも、不安になればなっただけ、事態が好転すればいいんですけど、ならないじゃないですか。結果や周りが気になりそうになったら、最後は『考えても仕方がないしな!』って思うようにしています」
以前、本欄で元大リーガー・松井秀喜さんの「自分がコントロールできないことは考えない」という言葉を紹介しましたが、そのことを山縣さんに伝えると「共感できますね! すごく大事なメンタリティーだと思います」とうなずいていました。
努力は報われるか 報われないのか
結果が出ないときには、自分のやっていることに自信を持てなくなるもの。つい、努力しても無駄かも知れないと思ってしまいがちです。「努力は報われるものなのか、それとも、報われないものなのか」という議論がありますが、山縣さんはどう思っているのか。難しい質問に、慎重に言葉を選びながら、考えを語ってくれました。
「スポーツの結果は水ものですからね。時の運みたいなところがあって、どれだけ努力しても、必ず勝てるわけではなくて、勝ったり負けたりするのが当たり前。でも、僕は報われない努力ってあるのかなと思います」
「目の前の結果につながらなくても、それが無駄だったとは言い切れないじゃないですか。その次かもしれないし、セカンドキャリアかもしれないし、将来、報われるときがくるかもしれない」
「僕は今まで多くのレースに出てきましたが、勝敗って、自分の調子とは別に、ライバルの調子とか、天気とか、その時々のいろいろな要素が関わってくるものです。目標に向かって頑張ることは選手としては当たり前のことですが、努力したからといって、結果が出る、出ないまではコントロールできない。勝負ってそういうもの。だから、結果は結果、努力は努力と考えるといいんじゃないですかね」
努力と結果を結び付けて考えない山縣さんの意見にハッとさせられました。
「味方だな」と感じられる距離感を
頑張る子どもに対し、コーチや親はどう接するべきなのでしょうか? 山縣さんには忘れられない思い出があるそうです。2012年のロンドン五輪の前、ピリピリして、精神的に疲れていたとき、当時所属していた慶応大競走部の先輩が誘い出してくれたのです。
「その人は大阪の出身で、大阪で大会があった際、『ちょっと、街に遊びに行こう』って誘われて。でも、何も言わないんですよ。何か言われると思ったけど、ご飯を食べて、名所を少し回っただけ。それが逆にうれしかったんです。本当に感謝しています」
山縣さんの場合、失敗したときや悩んでいるとき、放っておいてもらいたい気持ちの方が強いのだそうです。
「その子の性格によると思いますが、周りが大丈夫だよとか、こうした方がいいよとアドバイスをくれても、心に響かないときがあるんです。でも、見放されたくないというメンタルもどこかにあって…。そんなとき、ただそばにいるとか、飲み物を渡してくれるだけでいい。気に掛けてくれる人がいるんだな、この人は味方だなって思える人がいるだけで立ち直れるんです」
親は、つい言葉をかけたり、指導したりしがちですが、逆効果にならないように注意が必要とか。現役引退後、子どもたちに陸上を教えたいという山縣さんは「距離感」という言葉を使って説明してくれました。
「距離感というのは大事ですよね。自分がもしコーチだったら、寄り添いたいけど、何がベストかを考えなきゃなと思います。その子に声をかけることがいいときもあれば、そっとしておいた方がいいときもある。大切なのは、この人は味方だなと感じられる距離感を保っておくことだと思います」
勝つより「負ける」が多いからこそ
最後に陸上を続けてきた理由について聞いてみました。
「他のスポーツもそうですが、陸上って、勝つことより、負けることの方が多いんです。練習も単調だし、しんどいことも多い。でも、それを乗り越えて出す記録や順位には、すごい達成感とか満足感があるんです。勝ったり負けたりするからこそ、走るし、よい挑戦ができたとき、すごく自分が充実しているな、陸上っていいなと感じるんですよね」
山縣さんは昨年、右ひざの手術を行い、現在はリハビリ中。それでも、パリ五輪でアジア新記録の9秒82を出して、メダルを取るという次の目標のために、フォーム改造に挑んでいます。
うまくいかないことにこそ、挑戦してみる。勝ったり負けたりするから、意味がある。山縣さんの言葉には子どもにとって大切な教えがたくさん詰まっている気がします。
山縣亮太(やまがた・りょうた)
1992年広島生まれ。広島修道中-広島修道高-慶応大-セイコー。2012年ロンドン五輪出場。2016年リオ五輪では4×100メートルリレーの1走を務め、同種目初の銀メダルを獲得した。2021年には9秒95の日本新記録を樹立。同年の東京五輪では主将を務めた。
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知りたい
もう少し子供が大きくなったら読ませたい記事です。
今年を振り替えって、この記事が一番心に残りました。努力は努力、結果は結果。すごく説得力がある言葉でした。私はある学校の教師をしています。努力の大切さを子供たちにうまく説明できないときがあり、どうしたらいいんだろうと悩んでいたときにこの記事を読み、救われた気分になりました。あらためてスポーツ選手の努力とその活動に敬意を表したいと思います。
山縣さんならではの言葉がたくさんあって、すごく勉強になりました。将来、子供が中学生くらいになったら、読ませたいと思います。
すごく考えさせられる記事でした。山縣選手の言葉は大人も勉強になり、子供に読ませたいと思いました。他のアディショナルタイムも読んでみたら、面白く、グリーンカードやクイズやイチローさんの話が面白かったです。
とても学びの多い記事で驚きました。何気なく読みましたが、部活やってる若者のみならず、子育て中の親にすごく大事な話でした。山縣さんが指導者向きということもあるかと思います。我が子を山縣さんに是非指導してもらいたかった。こういう人との出会いが人間の成長には大事ですよね。
息子は陸上やってて辞めてしまいましたが、改めてやはり陸上かっこいいなと思いました。
子育ての参考になった。山縣さんの言葉はスッと心に入ってくる。
ジュニアのテニス選手の育成に携わっていた頃、よく同僚コーチたちと「最大の敵は親だ」と愚痴をこぼし合いました。
子育ての同義語は「心配」なので理解はできるのですが、「水モノ」である勝敗だけにとらわれて、言わなくて良いことや言ってはいけないことさえを感情に任せて言ってしまい、若い人たちを深く傷つけしまうことも。ただ「そこに居てくれる」だけで良いのに。
人育て=教育の真実に触れる良い記事でした。
これはずっと胸に留め置きたい言葉だ。非常に苦労して日本記録を出した山縣さんの本音やスポーツの根底の心構えが書いてある。陸上やってる学生には金言になると思う。ここだけに載せてるのはもったいない。たくさんの人にもっと広めるべき。
夜中に読んでいたら、涙が出てきました。けがしてうまくいかなくて悩んでいた自分のために山縣さんが相談に乗ってくれているみたいに読めました。尊敬する山縣さんの言葉なので明日からまた頑張れそうです。
まるで山縣さんが直接話してくれている感じの記事で、感動しました。うまく行かないときにどうすればいいか、親がいうより、五輪メダリストの言葉の方が説得力がえるので、子供に読ませました。スポーツ選手の心のあり方は働く大人にも参考になると思います。
けがで部活を休んでいる息子に読ませた。じっと読んでた。。感謝。
山縣さんも逃げ出したいと思ったことがあったのか。勝つことより、負けることの方が多いとか、けがや不調は飛躍のチャンスとか、ためになる話を読めた。