課題の分離、失敗の使い方…「戦う哲学者」村田諒太さんから教わったこと〈アディショナルタイム〉
元世界王者 取材には独特な緊張感
まず、村田さんの戦績を見てみましょう。2011年の世界選手権男子ミドル級銀メダルを取ると、2012年ロンドン五輪で日本人選手として48年ぶりに金メダルを獲得。一躍、時の人となりました。
プロ転向は2013年。その後、厳しい戦いを経て、2017年10月に世界ボクシング協会(WBA)ミドル級王座を獲得。重いパンチと積極的に前に出るボクシングで、日本人は軽量級しか通用しないと言われたボクシングの常識を変えてみせました。
村田さんの取材は独特の緊張感がありました。忘れられない思い出があります。世界王者になる前の2017年に話を聞いたときのこと。メンタル面の作り方を質問した際、村田さんはこんなふうに説明し始めたのです。
「僕は本が好きで、よく読むのですが、例えば、神学者ニーバーの『ニーバーの祈り』は、『変えることのできるものを変える勇気と、変えられないものを受け入れること、それを見極める知恵をください』と言っています」
「また、心理学者のビクトール・フランクルは『夜と霧』の中で、『人生に意味を求めてはいけない。人生から問いかけられる意味にどう答えていくかだ』と言っています」
「これらに共通するのは、結局、今、自分に何ができるか、今の自分にできるベストを尽くしなさいということ。だから、常にそういう考えを大事にしています」
心理学者アドラーの「課題の分離」
驚きました。アスリートから神学者や心理学者の話が続々と出てくるとは思いもしませんでした。話に付いていくのがやっとでしたが、村田さんの話はそれだけにとどまらず、当時、注目されていたアドラー心理学にも及んだのです。
「『課題の分離』って知ってますか? 例えば、全然勉強しない子がいたら、どうします? 親は一生懸命勉強させようとしますよね。でも、子どもが勉強しないことで責任を負うのは誰でしょう? 子ども自身なんです」
「勉強しないのは子どもの課題であって、親の課題ではないんです。親がいくら頑張っても試験を代わってあげられないですよね。これは誰の課題かを考える。それがアドラーのいう『課題の分離』です」
後で調べてみると、『課題の分離』はオーストリアの心理学者アルフレッド・アドラーの言葉で、「あらゆる対人関係のトラブルは、他者の課題に土足で踏み込むこと(あるいは自分の課題に土足で踏み込まれること)によって引き起こされる」とのこと。アドラー心理学を本で勉強したという村田さんは、戸惑う私に子育てを例に説明してくれたのでした。
「これは誰の課題なのかという視点は、教育でもスポーツでもすごく大事で、僕はボクシングに取り入れています。僕がするべきことは何か、僕の課題は何か。さっきも言いましたが、アドラーもニーバーも、結局は『今の自分がするべきことは何かを探し、今、できることをやりましょうよ』という考えに行き着くんです」
ちなみに、アドラーによると「親子こそ課題の分離が大切だ」そうで、村田さんいわく「親は、アドバイスはしてもいいが、決して無理強いしてはいけない。無理強いすると嫌な記憶が残るだけ」だそう。そのとき、なるほど、この人はまさに「戦う哲学者」だと思い知りました。
落ち込んだら「未来から意味づけを」
村田さんは気さくな人で、快く雑談にも応じてくれました。2人のお子さんがいて、2014年にはベストファーザー賞を受賞しており、取材の合間に何度かお互いの子育ての話をしました。
実は村田さんに自分の子どもの相談をしたことがあります。長男が中学最後のサッカーの大会でPKを外して負けてしまったとき。見ていられないほど落ち込む息子にどう声を掛けたらいいのかわからず、「何か良い助言はないですか?」と問うた私に村田さんはこう言いました。
「PKを外してしまったという事実に対しての意味づけを、未来からすることが大切ではないでしょうか。ですから、しばらく正しく落ち込ませてあげればよいと思います」
「自分のせいで負けてしまったという責任感、人生でなかなか感じられることではないと思います。この出来事を意味づけできる将来を作る。そのために落ち込むことはすごく重要だと思います」
「未来からの意味づけ」という言葉は難解ですが、要するに、今回の失敗を将来、どのように生かすかを考えようということ。失敗したことが問題ではなく、失敗から学べるか学べないかが問われているのだという村田さんの助言はすごく参考になりました。
失敗の使い方 逆のことをすればいい
この言葉を聞いて、思い出したことがありました。この前年、村田さんは本紙の企画でプロスキーヤーの三浦雄一郎さんと対談したのですが、そのとき、失敗について、こんなふうに話していました。
「自分は失敗したときの方が、後で自分の試合(のVTR)をちゃんと見るんです。最初は、嫌だ、嫌だ、自分の恥ずかしい姿なんて見たくないと思うんですけど、実はそこにはいろいろなヒントが詰まっているんです」
「例えば、5本の指に入るくらい最悪の試合があったのですが、逆にいうと、これをしたらダメだとマイナスの要素が詰まっている試合でした。だったら、それをしなければいい」
「僕の中の失敗の使い方というのは、失敗からわかるものを見つけ、その逆のことをすればいい。みんな、失敗と向き合わないで、ふたをしてしまうから、失敗を成長につなげられない。それはもったいないと思うんです」
「失敗を生かす」という言葉はよく聞きますが、「失敗の使い方」という言葉は聞いたことがなく、村田さんの言葉のセンスを感じました。
「努力ほど裏切るものはないんです」
失敗を使って何をするのか。「練習しかないんです」。それが村田さんの結論です。これまでいくつもの敗北=失敗を経験した村田さんは、三浦さんとの対談の中でこうも言いました。
「よく『努力は裏切らないよ』とか、『頑張れば大丈夫だよ』って言いますが、あれは違いますね。努力ほど裏切るものはないんです」
―どういうことでしょう?
「だって、試合って、練習したことの一部しか出ないんですよ。練習したこと全てが出ればいいのですが、出ないんです。でも、だからこそ、練習は大事で、練習の段階でうまくいかないものは、試合では間違いなくうまくいかない。結局、勝つためには練習するしかないんです」
考えてみれば、私たちは子どもに対して無条件に努力を求めがちです。でも、それに対する答えを持ち合わせていないことも多いのではないでしょうか。
「本番では努力した一部しか出ない。だから、たくさん努力するんだよ」
子どもから「なぜ、練習しなくちゃいけないの?」「何のために勉強するの?」と聞かれたなら、ぜひ、この言葉を教えてあげてください。心強いアドバイスになるはずです。
やるべきことをとことん追求し、シンプルな考えに落とし込むことができるのがアスリートのすごいところでしょう。次回も村田さんから学んだことを紹介したいと思います。
村田諒太(むらた・りょうた)
1986年、奈良県生まれ。中学時代にボクシングを始める。東洋大学を卒業後、2012年ロンドン五輪で金メダルを獲得。2013年にプロ入りし、2017年10月にアッサン・エンダムに勝利し、WBA世界ミドル級チャンピオンになる。2022年4月にゲンナジー・ゴロフキンと戦った王座統一戦は、敗れたものの、ファイトマネーなど総額数十億円が動く、日本ボクシング界最大のビッグマッチとなった。プロ通算成績は19戦16勝(うちKO勝ち13回)3敗。2023年3月に現役引退を表明した。
なるほど!
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検索から記事を発見。予想以上に内容のある記事でびっくりした。引退が惜しまれる。次は全日本のコーチや監督で、次世代のボクサーを育ててもらいたいね。
昨日、NHKラジオで村田さんがヴィクトール・フランクルの「それでも人生にイエスという」を紹介していました。人生に問いかけられている意味に答えていくと書かれて、深い話ですね。
記事を読んで涙が止まらなくなりました。私の人生これまで全然ついてなくて、神様何で私だけがこんな目にってずっと思ってた。でも、人生に意味なんてない、人生から問いかけられる意味にどう答えるかだという村田さんの言葉にびっくりしました。そんな風に考えてことなかったんです。失敗の使い方っていうのもびっくりして、何度も読み返して、心の支えにします。
友達から教えてもらって読みました。すごい内容で感動しました。子供に読ませたいです。
この記事を読んで村田さんのファンになりました。もう引退してるんですけどね。