俳優 紀那きりこさん 母はかけがえのないファン第一号 内面を見透かす助言も

稲熊均 (2023年11月5日付 東京新聞朝刊)
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母親との思い出を語った俳優の紀那きりこさん(五十嵐文人撮影)

家族のこと話そう

私以上に、私の内面を理解している

 現在公開中の映画「過去負う者」では、覚醒剤使用で服役した元受刑者を演じています。罪を犯した人間を容易には受け入れられない不寛容な社会で、もがき苦しむ役ですが、さまざまな葛藤の場面でせりふを即興で考えるという、ドキュメンタリーのような演出でした。

 それまでにないプレッシャーを感じながらの撮影でしたが、私の場合、悩んだり迷ったりしたとき、誰よりも精神的な支えとなってくれるのが母です。出演した映画や舞台はほとんど観ていて、率直な感想を話し、助言もしてくれます。

 多くの場合、良かった点を挙げてくれますが、演技が不自然だったときなどは、「違和感があった」などと指摘されます。「脚本や演出で不自然と感じてしまったのかもしれない」ともフォローしてくれますが、言われた私の方は、そこを自然にみせるのが役者なんだと気付かされます。心のどこかで引っかかっていた至らなさを見透かされているような気もしました。

 私以上に私の内面を理解していてくれる安心感もあるのかもしれません。元受刑者を演じた今回の作品のように役作りに苦しんでいるときは、自分からは何も聞かず、娘の話にただ耳を傾け、のみ込んでくれます。

今も胸に刻む「そんなのでいいの?」

 性格を比べると、話し好きで社交的な母に対して、私は小さい頃から引っ込み思案だったと思います。6歳からバイオリンを習い始めました。母がピアノ教師だったこともありますが、音楽を通して、もっと活発に自己表現できるようになってほしいと願ったのかもしれません。実際、何かを表現できる喜びを感じられるようになったのですが、中学生の頃、一度だけ強くしかられたことがあります。

 小さなオーケストラで演奏させてもらったときのことです。調弦がうまくいかず、そのまま演奏に入ってしまいました。私としては「しょうがないな」とあきらめ、聞こえないような音で流すように演奏を終えました。後悔も反省も希薄な気持ちを見抜いたのか、「そんなのでいいの?」と問いただされました。失敗そのものよりも、失敗の重さを受け止めない心が母には許せなかったのです。今もその思いは胸に刻んでいます。

表現することの喜びを認めてくれる

 大学で自主映画サークルに入ったのが、俳優になるきっかけでした。生活の保障がない不安定な道ですが、母は私が決めたときから応援してくれています。音楽にしろ映画、舞台にしろ、表現することに喜びを感じている娘を母なりに認めてくれているのだと思います。かけがえのないファン第一号でもあります。

 母が今回の作品を観て、悩み抜いた私の演技をどう評価するのか、今から楽しみなような、怖いような思いでいます。

紀那きりこ (きな・きりこ)

 1987年、愛知県生まれ。金城学院高を卒業後、進学した立教大在学中、自主映画サークルで活動。これをきっかけに映画や舞台に出演。主な映画作品は「夢幻紳士 人形地獄」「モンブラン」など。主演作は「退屈なかもめたち」など。最新作「過去負う者」は東京・ポレポレ東中野で公開中。横浜シネマリンで11月18日公開。

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