かこさとしさんが亡くなる1カ月半前に編集者に託した「童話集」10巻刊行 子どもたちへ伝えたかったことは
原稿に何度も書き直した跡「重み感じた」
童話集は全部で10巻。「動物のおはなし」「日本のむかしばなし」「生活のなかのおはなし」「世界のおはなし」の4つに分かれています。「どろぼうがっこう」や「おたまじゃくしの101ちゃん」など数多くの絵本を残したかこさんですが、この童話集では文章がメインのお話(童話)を挿絵とともに楽しめます。未発表の作品なども含め、計246作品が収録されています。
かこさんは亡くなる1カ月半前、段ボール1箱分の原稿を偕成社の担当編集者の千葉さんに託しました。全て手書きの原稿で、かこさんが20代の時に書いたものも、90歳近くになって書かれたものもありました。
かこさんは動物の話、日本の昔話、生活童話、世界の話の4つに分類し、挿絵とともに物語の順番も決めていました。「原稿と一緒にやはり手書きの構成リストが入っていました。のちに原稿や構成リストを細かに拝読していくと、かこさんご自身も完璧なものとしてお渡してくださったわけではないと思いますが、ご体調もあり、あの時点でいったん託してくださったのかなと思いました」と千葉さんは振り返ります。
「かこさんの作品は絵本が多いです。小学校中学年以上の子を対象にした読み物を出したこともありますが、童話として出版した作品はほとんどなかった。たくさんの童話の原稿を残されていたことに驚きました」
何度も書き直された跡がある原稿もあり、手書きの原稿を手にした千葉さんは「重みを感じた」と言います。
児童書を出版する際、出版社の多くは「対象年齢」を重視します。ですが、かこさんが残したリストは1つの巻に対象年齢の異なる童話が入っており、統一されていなかったのです。千葉さんは、年齢ごとに編み直すことも考えましたが、読み込んでいくと1冊の本として成立させるかこさんの意図が浮かび上がり、指示された順番通りの刊行と決めました。
悲しい話であっても最後には必ず希望を
第1巻は、動物たちのお話です。カラスの親子が主人公の「おむすび山のカラスちゃん」から始まります。
童話集の「前書き」では、鈴木さんがかこさんとの親子の思い出などもつづっています。「かこがどう子どもと対していたか、子どもから何を吸収していたかが分かってもらえたらうれしいなと思って、書きました」と鈴木さん。「おむすび山」も鈴木さんが幼い頃に、かこさんとの何げない会話の中から発した言葉でした。「子どもの言った言葉を、言葉集めのように頭の中に置いてくれていました」
第6巻から第8巻は生活の中のお話です。かこさんはセツルメント活動という地域に根ざしたボランティアにも力を注いでいました。「ぼくの母ちゃん」「自転車にのってったお父ちゃん」などはそうした中で子どもが書いた作文をもとに紙芝居にしたものを、この童話集のために新たにかこさんが絵を描きました。
「お父さんが亡くなった、といった悲しい話も子どもの目線で描かれますが、最後は希望があるのです。かこさんはつらいことを描いても、子どもたちを励まして、しっかり自分の頭で考えて生きていきなさいと教えてくれます」と千葉さんは話します。
「死にたくなった ブスかです。」は地方から関東にやってきた女の子が主人公のお話。方言を話すことから、いじめがはじまり、つらい思いをします。作文仕立てで、主人公が語るように書かれたお話です。「最後に今、同じ状況の子はいませんか?という問いかけがあります。でも、きっと助けてくれる人や見守ってくれる人がいますよ、という強いメッセージを感じます」と鈴木さん。
子どもとかかわるきっかけとなった作品
学生時代に所属した東大演劇研究会で執筆し、上映された童話劇「夜の小人」が全文明らかになるのも初めてのこと。
かこさんはこの作品について「観客の人に感じとってもらうべきことを、小人のせりふとして言わせてしまい、失敗した」と生前、鈴木さんに伝えていました。顛末記(てんまつき)という分厚いノートも残っており、かこさんのコメントも一緒に収録されています。かこさんは自分の予想外のところで、子どもたちが笑い、騒ぎ、怖がり、喜ぶ姿を見て、「もっと子どもの心を勉強しよう」と決意しました。かこさんは「この童話劇が、児童文化へ足を踏み入れるきっかけ」となったと後に振り返っています。
「かこは『戦争の時に、本当だったらもう死んでいた。それ以降は余命だ』と思っていました。その余命をどのように使おうかずっと悩んでいて、ようやくセツルメントにたどりつきました。その思いが、物語作りへ向かっていたのだと思います」と鈴木さん。千葉さんは「昔と今では状況は変わっているけれど、子どもというものは変わっていないというところを、かこさんはきちんと見ていました。子どもたちが生きていく上で可能性を伸ばしていく基になるものを、いつも書いていました。社会の流れや、天災があってうちひしがれても、必ず立ち直っていくよということを伝えてくれました」と言います。
原稿には挿絵のないものもありました。「童話には、必ず挿絵がほしい」と望んでいたかこさん。今回挿絵が残っていなかったものは、孫の中島加名(かめい)さん(30)が描きました。どことなくかこさんの絵をほうふつさせる、愛らしいイラストが物語にユーモアを添えます。
「どこから読んでもいいと思います。小さい子には少し難しいお話もあるかもしれません。そうした場合は、飛ばしてもいい。成長してからのお楽しみにしてください。また、読み聞かせてくれる大人は、毎日とても忙しいと思いますが、少しだけ日常から離れて、お子さんと一緒に童話の世界を楽しんでいただきたいです。子どもと一緒の感覚になって、それを明日の活力につなげてください」と鈴木さんはほほ笑みます。
扉ページには故郷の越前和紙を使用
廃棄野菜や果物で作られたフードペーパー
「本の扉ページは本にとって、ここから話がはじまる大事なものです」と千葉さんは言います。童話集の扉ページでは全巻、かこさんの故郷でもある福井県の国指定の伝統工芸品、越前和紙が使われています。
ここで使われた紙は、ただの和紙ではなく、廃棄される野菜や果物の皮などを利用して作られたフードペーパー。かこさんも生前付き合いがあった、越前市の五十嵐製紙の五十嵐匡美さんの次男で、当時小学生だった優翔さんが取り組んできた自由研究「紙漉(す)きの実験」から生まれたものです。
「小学生の研究というのがいいですね。いつかこのフードペーパーを使いたいと思っていて、扉ページにぴったりだと思いました」と鈴木さん。童話の見本が届いた時には、ほんのり野菜の香りがしたそうです。「なんとも言えない優しさがありますし、かこは環境にも心を寄せていました。意義のあることだと思います」。童話集ではゴボウとネギのフードペーパーが使われています。
なるほど!
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