虐待してしまう、あなた自身は無理していませんか? 親の回復支援プログラム「マイツリー」普及へ 法人がクラファン
すみれさんのケース
ご飯の食べ方やだらだらする子どもが許せなかった
「『言っても分からないならたたく』が染みついていたんです」。関東地方のすみれさん(43)は、3人の子どもが幼いころから、思い通りにいかないと手を上げた。自身も子どものころ、母親の虫の居所が悪いと、名前を呼ばれて返事をしただけで頭をバチンとたたかれることが日常だった。
再婚し、夫の子どもの三男とも同居が始まると、イライラは増した。朝の支度を自分でしない、お茶わんを持たずに食べる…。夫に甘やかされて育った三男を「私がしつけなきゃ」と力が入った。
おかずを「食べた」とうそをつき、ティッシュにくるんで捨てていたなどの行為を見つけると、「なんで」と問い詰めながら距離を詰め、目をカッと見開いてたたいたり、髪を引っ張ったりした。だが、そのたび「どうしよう、また夫に怒られる」とわれに返った。夫からは「おまえは犯罪者だ」と罵倒された。
昨夏、夫が児童相談所に通告し、三男は一時保護された。夫に「おまえのせいだ」と責められ、精神科やカウンセリングに通ったが、暴力は止まらない。必死にネットを検索し、マイツリーを知った。
昨年9月、東京でマイツリーの「ペアレンツ・プログラム」を実施する支援団体「アフターケア相談所ゆずりは」(国分寺市)へ。親の素性は明かさず、「すみれ」のようなコードネームで呼び合う。親たちは、過去の傷つき体験や子どもへのいら立ちを吐露しあった。「自分だけが変なんだ」と思っていたが、「一人じゃなかった」とすみれさん。
参加者はみな虐待してしまった親だが、「子どもの優先順位が一番高く、自分を後回しにするお母さん」だった。
すみれさんは、怒りの裏にある「夫にもっと理解してほしい」という思いに気づけるようになり、カッとなる前に、落ち着いて子どもの声に耳を傾けられるように。次第に暴力もなくなった。
「親の心が健康じゃないと、子どもにも優しくできないですね」
ぽこさんのケース
しつけをされなかった私が子どもを育てられるのか
未婚のシングルマザーぽこさん(27)の長男(6)は、赤ちゃんのころから寝ない子だった。3歳になり、夜9時にベッドに入っても、自分で電気をつけて遊びだし、寝るまでに6時間かかる日々。寝かせるために顔をたたいたり、無理やり布団に押しつけたりするようになった。
「泣けば疲れて寝てくれるから」
「何回言ったら分かるの!」。次男(3)が生まれ、長男へのいら立ちは止まらなくなった。長男が「お菓子を食べたい」とかんしゃくが激しく、次男をたたくと、人前でも激しく怒鳴った。
2020年4月、テレビで「怒鳴ることも虐待です」という報道を見て、「このままこの子が大人になったら、どうなっちゃうんだろう」と不安になった。
マイツリーが受講者募集中だったので、すぐに申し込んだ。自分の怒りの裏にあったのは、「自信がない」という不安だった。ぽこさんは、親に殴られて育った経験はない。ただ、「○○しなさい」としつけをされた記憶もない。
母子家庭で、母親は仕事に忙しく、寝る時間に家にいないことも多かった。きょうだいはいるので一人ぼっちではなかったが、布団の中に母親のパジャマを敷き、裾を握って眠りについた。
「私は、中卒で常識があるわけじゃない」。育児に関する考え方は合っているのか、ネットに答えを求めていった。子どもの奇行が取り上げられた動画に、「親の顔が見てみたい」「親が悪い」と書き込まれるコメントを見て、自分の感覚と合っているか確かめた。
「人は、こういうことでダメな親と思うのか」と、周りの目を意識して大げさに怒鳴るようになった。
マイツリーで、こんな子育てはしたくないのに、思うようにいかないことを話すと、自然と涙があふれた。
ここで習った子育てスキルは今も生きる。自分を主語に置く「アイメッセージ」で、子どもを責めずに「ママはこうしてほしいと思っている」と伝えられるように。うるさくてイライラさせられる兄弟げんかでは、「ピーストーク」という手法が効いた。
兄弟の言い分を「(弟は)『お兄ちゃんが叩いてきた』って言ってるよ」「(お兄ちゃんは)『こういう理由で怒った』みたいだよ」と双方に伝えることで、けんかは収まった。
仲間とともに心の傷と向き合う「私は大切な存在」
マイツリーは、2001年から約1580人の親の回復を支えてきた。子どもへの怒りの裏に隠れた不安や寂しさといった、親の傷つき体験がもたらす感情と向き合う。瞑想や呼吸法で身体感覚にも働きかけ「私は大切にされていい存在だ」と気づくことで心を整えていく。
親が自分の思いを語り始めた時、心に届く言葉を掛けられるよう訓練を積んだ実践者3人と約10人の親によるグループワークだ。週1回2時間のセッションが13回と、個別面談が3回で、3カ月後には同窓会もある。費用は無料だ。
法人代表理事の森田ゆりさんは、日米で40年以上、虐待防止の専門職育成や研修プログラム開発に携わり、研修機関エンパワメント・センター(大阪府)も主宰する。
開発したプログラムの効果が専門家の間で知られるようになり、現在は、研修を受けた実践者が児童相談所やNPO法人など全国18カ所で実施している。
「虐待の世代間連鎖」は必ず起きるわけではない
世間では「虐待は世代間連鎖する」と言われるが、森田さんは「そう信じて不要な不安を抱える人もいるので正確に伝えたい」と話す。
確かにマイツリーでも、すみれさんのように虐待する親に生い立ちを聞くと、被虐経験がある人の割合は高い。ただ、「その逆は事実ではない」。
ある研究では、被虐待児のうち、大人になって虐待する人は33%、しない人は67%。しない人の方がずっと多かった。プログラムに参加した親に伝えると、驚き、安心して希望を持つという。
森田さんは、連鎖するかどうかの分岐点は、「できるだけ早い時期にその人の苦しみに耳を傾けてくれる人と出会えたかによる」と話す。
虐待した親が回復プログラムを受講できる体制を
米国では、裁判所が親に回復プログラムの受講命令を出す仕組みがある。森田さんは2000年の児童虐待防止法成立へ向け、同様の制度創設を議員に働きかけた。当時は「子どもを救わないといけないのになんで親?」と理解は広がらなかったという。
22年成立の改正児童福祉法で、「親にも支援が必要」と明記された。児相などによるプログラム導入の補助が拡充されたが、マイツリーの実践者は47人と少なく、児相も人手不足で、親をマイツリーにつなげる余裕のない現状もある。
さらに、各地で実施する支援団体は、予算確保に苦戦している。助成金が獲得できず、「MY TREEしが」(滋賀県守山市)はメンバーの手弁当で実施したり、「グループ・ナイス」(横浜市)は昨年やむなく実施を見送ったりした。
予算は、会場代や託児費、人件費など低く見積もって150万円ほど。本部の「MY TREE」は、こうした団体に援助しようと7月末までクラウドファンディングで寄付を募っている。
森田さんは、「変わりたいとの思いがあれば、必ず変わることができる。虐待を止めるため、必要とする人に届いてほしい」と話している。
結愛ちゃん基金
マイツリーには、虐待した親からの寄付で設立した基金がある。目黒区で2018年、5歳の船戸結愛ちゃんが両親の虐待で亡くなった事件の母親・優里受刑者だ。弁護士が森田さんの著書を差し入れし、マイツリーを知った。
2020年、彼女の方から、著書の印税を寄付したいと申し出があったという。基金をためて、勾留中や服役中の親へのプログラム提供を目指している。
マイツリーでは、父親を対象にしたプログラムも実施中。本年度は、大阪本部とNPO法人「だいじょうぶ」(栃木県)、アフターケア相談所ゆずりはで開催準備をしている。
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