妊婦が気をつけたいトキソプラズマ 赤ちゃんの脳や耳などに障害が出る恐れ 啓発に取り組む「トーチの会」

(2022年10月21日付 東京新聞朝刊)
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妊娠中の感染予防のための注意事項(「トーチの会」のWebサイトでPDF版をダウンロードできます)

 妊娠中の母親がトキソプラズマなどに感染することで、赤ちゃんの脳や耳、目などに障害が出る母子感染症。これを防ごうと活動する患者会「トーチの会」(東京)が今秋、10周年を迎えた。活動の原動力となっているのは、わが子に障害をもたらしてしまったという自責や後悔をそれだけにとどめず、これから出産する人たちに役立てたいという親たちの思いだ。

認知度が低い母子感染症 原因は身近

 トーチの会は、母子感染症の総称「トーチ症候群」のうち、ワクチンがなく、認知度も低いトキソプラズマとサイトメガロウイルス(CMV)の先天性感染の患者や家族らでつくる。メンバーは約80人で、感染予防の知識などを広めている。

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「会の活動が必要なくなるような社会を目指したい」と話す渡辺智美さん

 「ゼロからのスタートだった」。代表で歯科医師の渡辺智美さん(42)=東京都豊島区=は、10年前の設立時をこう振り返る。その前年に出産した長女の妊娠中、トキソプラズマに感染。長女も「先天性トキソプラズマ症」と診断された。

 トキソプラズマは動物の肉などについているありふれた寄生虫で、感染したばかりのネコのふん、土の中などにもいる。感染しても健康な人にはほとんど影響がないが、妊婦が初めて感染した場合、胎児にも感染し、小頭症や聴覚障害などになる恐れがある。渡辺さんの心当たりは、妊娠中に生肉を食べたことだった。

自責と後悔 仲間とつながり情報発信

 長女には現在、右半身に軽いまひがある。「予防するワクチンがなく、赤ちゃんに重大な障害が出るかもしれないのに、まったく知らされなかった。ショックと憤りを感じた」。当時は、産婦人科医の間でさえ十分に認識されておらず、妊婦への注意喚起などはほとんどない状況だった。

 渡辺さんは、自分のような思いをする人をなくしたいと、ブログなどで他の患者家族とつながり、会を設立。まずは妊婦や妊娠を考える人たちへの情報発信などに力を入れた。

トーチの会が作成した妊娠中の感染予防策11カ条

  1. せっけんと流水で頻繁に手を洗う
  2. 小さな子どもとフォークやコップを共有したり、食べ残しを食べたりしない
  3. 肉は中心部まで加熱する
  4. 殺菌されていないミルクやそれを使った乳製品は避ける
  5. 汚れたネコのトイレに触れたり、掃除をしたりしない
  6. 齧歯(げっし)類やそれらの尿やふんにふれない
  7. 性行為の際はコンドームを使う
  8. 母子感染症の原因となる感染症について検査する
  9. B群溶血性レンサ球菌の保菌者かどうか検査する
  10. ワクチンのある感染症から身を守るためにワクチンを打つ
  11. 感染者との接触は避ける

「トーチの会」のWebサイトでPDF版をダウンロードできます。

医療現場に働きかけ、薬が保険適用に

 一方、妊婦が主治医に検査の必要性を尋ねても「気にし過ぎだ」と言われ、かえって悩むケースも。「不安や疑問を受け止めてもらえなければ意味がない」。周産期にかかわる学会の参加者に活動を伝えたり、講演したりして、医療者や保健師などにも働きかけた。

 地道な活動の末、2018年にはCMV感染を診断する新生児の尿検査や、トキソプラズマに感染した妊婦への投与で胎児の感染や重症化を防ぐ治療薬が保険適用になった。先天性CMV感染症の赤ちゃんに早期に投与すると、聴覚障害の進行などが予防できる薬も、本年度中に保険適用されることが期待されている。

つらさを知る私たちが誰かを救いたい

 トーチの会の顧問で長崎大病院小児科の森内浩幸教授は「当事者が声を届けてくれたことで、母子感染への意識が高まり、対策も確実に進んだ」と指摘。森内さんによると、先天性トキソプラズマ症は年間100~300人、先天性CMV感染症は年間1000人ほどと推測され、見逃されているケースも多いとみられる。

 会のもう一つの大きな意義は、同じような不安や経験を持つ人たちへのサポートだ。自身の感染が分かり胎児への影響を心配する妊婦や、母子感染でつらい思いをしている母親などから寄せられる相談に対し、一つ一つ丁寧に助言してきた。渡辺さんは「つらさを知る私たちの発信が、この先出産する誰かを救うことになれば。そのことは、私たち自身の心も癒やしてくれています」と話した。

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