〈坂本美雨さんの子育て日記〉50・本当の気持ちを押し込めた娘と、一緒に泣いた

(2021年5月28日付 東京新聞朝刊)

坂本美雨さんの子育て日記

写真

娘とそのボーイフレンドにはさまれて、幸せな誕生日

歯医者さんのご褒美 持っていたのに

 娘が通っている歯医者さんでは、ご褒美に風船をくれる。色を選ばせてくれて、ちゃんとヘリウムガスを入れてくれて。先日も、治療をがんばったあとに、風船を揺らしながら意気揚々と夜道を歩いていた。

 すると、突然風船が舞い上がり、空高く飛んでいってしまった。一瞬の出来事。ひもの先は娘の手の中にしっかりと握られたままで、わけがわからず顔を見合わせた。どうやら、ひもが娘のリュックのファスナーに引っかかって途中で切れてしまったらしい。即座に、彼女は私に向かって、「でも! だいじょうぶだよね! またもらえるし!」と言った。

 第一声が前向きに切り替える発言だったことに驚き、「いやでも、ちゃんと持ってたもんね、なんで飛んでっちゃったんだろう、○○ちゃんのせいじゃないのにね!」と慌てて抱きしめた。すると、彼女の中から本当の感情があふれ出し、「きれいだったのにー! 最初は濃いピンクだったけど膨らませたら薄いむらさきになって、きれいだと思ったのにー!」と私の体に顔をうずめながら叫んだのだった。

その気持ち 代えがきかないはずなのに

 それを聞いた瞬間、私も涙をこらえきれなくなり、そうだよねそうだよねと2人でしゃがみこんでしばらく泣いた。そんなことがなければ特にいちいち説明はしなかったかもしれないけど、ちゃんとその色を選んだすてきな理由があった、彼女の風船。がんばったからこそもらえたうれしい気持ちは代えがきかないはずなのに、瞬時に私に気を使ったのか、自分のせいだから泣いてはいけないと思ったのか、「大したことない、またもらえるし」とがんばって虚勢を張ろうとしたこと。そんながんばり、いらないのに! いつそんなこと覚えたんだろう。彼女の複雑な感情の動きがとてもいじらしく、でもこんなに幼いときから気を使ってしまっていることがふびんにも思えて、いろんな気持ちが混ざり合ってしばらく涙が止まらない。

 娘は、母の涙を見てだんだん笑えてきたらしく、「なに泣いてるの~、もうだいじょうぶだって~!」とポンポンしてくれる。すっかり親子逆転である。やっと気を取り直し、アイス買って帰ろ、と手をつないで歩く夜道。本当の気持ちをグッと押し込めるなんて、まだまだできるようにならなくていいと思うけれど、彼女のそういうところをとても尊敬もしている。 (ミュージシャン)

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なるほど!

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グッときた

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もやもや...

3

もっと
知りたい

すくすくボイス

  • 匿名 says:

    自分がその風船を選んだ理由や、素敵だったその色を同じように素敵だと感じてくれるだろうお母さんだから、娘さんもそれをわかってるから、安心して大人になっていってるのかもしれません。素敵な関係ですね。久々に心がほっと和みました。

      
  • 匿名 says:

    美雨さんを知ってから、素敵な歌声と優しさがにじみ出ている所、感性も含め、大好きになりました。
    子育て日記、拝見させて頂きました。
    子育てというより、子供と一緒に生活しながら、色々な経験、出来事等を経て、親も一緒に人として育つと感じています。
    子供から教わること、気づく事も多々ありますよね。
    風船のアクシデント、結果として素敵な出来事になりましたね。
    親子愛、素敵。(*^^*)

      
  • 匿名 says:

    一緒に泣いたら子どもの方が早く立ち直る、という展開が素晴らしすぎです!!

      
  • 匿名 says:

    素敵な対応されましたね。娘さん良かったですね。
    世の中、とかく前向きにポジティブにと言われ、その言葉が間違った方向へ流れてしまっている事もしばしばあるのではと感じています。
    自分の気持ちを真っ直ぐに受け入れるのはとても大切なことと思っています。
    それを信頼できる人に表現する事も。
    悲しさ悔しさ怒りなどネガティブな感情もちゃんと認めて泣いても怒ってもいい、その感情を信頼できる人に受け止めてもらえるのはとても大切な経験だと思いました。

      
  • 匿名 says:

    読んでいて泣けましたー3歳直前でお兄ちゃんになった上の子。弟出産時、切迫早産で1ヶ月ほど急遽入院。保育園に突然入り、目まぐるしい突然の環境の変化。毎日ガラガラ声になるほど泣いてお迎え後病院に来てくれる日々。一人っ子最後の1ヶ月以上、たっぷり甘えさせてあげるつもりだったのに。その日々を出産後謝ったら、大丈夫、謝ることじゃないよ!と慰められ、ありがとうね、とほろりと泣くと彼も大号泣。子どもながらに色々な気持ち押し込めて乗り越えた姿。重なりました。

      

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