障害のある子もない子も、グレーゾーンの子も一緒に成長できる幼稚園 川崎の「柿の実」で芽生える希望

北條香子、安藤恭子 (2023年1月1日付 東京新聞朝刊)
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年中組の教室では障害児が職員の手を借りて食事の支度を済ませ、他の友達と一緒に時間を楽しんでいた=いずれも川崎市麻生区の柿の実幼稚園で

 長引くコロナ禍と、疲弊した市民生活を襲った物価高は、一人一人を覆う影を色濃くした。それでも人と人を隔てようとする流れにあらがい、つながり合い、支え合う地域を模索する人たちがいる。神奈川の再生はどこから始まるのか。統一地方選が行われる2023年に、地域が再起動するカギを探る。

園児850人中150人 重度障害児も 

 約4万坪の広大な敷地に囲まれた川崎市麻生区の柿の実幼稚園。2022年に創立60周年を迎えた同園は自然豊かな裏山も抱え、子どもたちが元気に駆け回る。園内を歩いていると、傾斜の急なスロープのあるアスレチックに挑戦する男児に、職員が付き添う場面に出くわした。障害のある子への援助の一環だが、手を借りずに上り切った。

 小島澄人園長(68)によると、園児約850人のうち、障害があったり、疑いや傾向がある「グレーゾーン」だったりする子は約150人。胃ろうやたんの吸引など医療的ケアが必要な重度障害児も受け入れる。

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気管切開をしている結月さんも他の子とともに教室で過ごしている

 今春、東京都立特別支援学校の肢体不自由教育部門に入学予定の嶋田結月さん(6つ)もその1人だ。呼吸器疾患があり、新型コロナウイルス感染時に重症化する不安もあった中、2021年6月に入園した。

 父(46)は「特別支援学校に通う結月にとって、ここがいろんな子と触れ合う最後の『世間』になる」と考える。結月さんに興味を持って顔を近づけてくる園児のことも「感染予防としては気にした方がいいかもしれないが、そういう触れ合いを第一に通わせてきた」と言い切る。

障害がない子の学び「違いがある」

 障害児が通える幼稚園は限られる。小島園長によると「18園に断られて、うちに来た子もいた」。職員を増やす補助金の申請のために神奈川県に提出する書類などに追われ「園児と触れ合う時間が取れない」とこぼす一方、「うちは土地が自前で家賃がかからないから、追加の職員を付ける余裕があった」と顧みる。

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小島澄人園長

 最初に障害児を受け入れたのは約40年前でこれまで卒園した障害児は数千人に上る。小島園長は「インクルーシブ教育にデメリットってあるかな」と首をかしげる。「障害がない子にも学びがいっぱいある。一人一人に違いがあることや、他者との関わりを学べる」。コロナ禍にも「命は大事だし侮ってはいけないが、人との触れ合いも大事」と受け入れを続けてきた。

同い年の友達が刺激 歩けるように

 柿の実幼稚園に通い、地域に「居場所」を見いだした親子もいる。昨春、年中組に入園した男児(5つ)の母親(37)は当初、長男(10)らが卒園した別の園を希望していたが「最低限、自分で食事ができないと」と断られた。染色体異常があり、市療育センターにも通う。

 知り合いに柿の実を教えられ、小島園長に「ウエルカム」と言われ驚いた。登園が遅れた日には、友達が本人に「遅いよ。早く来て」と声をかけた。息子に現時点で発語はないが、「ここが自分の居場所だって感じてるみたい。生き生きしてるわが子を見て、入園は正解だったなって」。

 息子は昨夏、歩けるようになった。母親は「同い年の子と関わり、友達ができることを自分もやってみようと思ったんじゃないかな」と受け止める。

 地域の市立小学校は柿の実出身者も多い。母親は今、息子の進学先として、当初考えていた特別支援学校ではなく、兄らと同じ学校の特別支援学級への入学を考えている。母親は明るい笑みを浮かべてこう語った。「柿の実に通って、障害のない子の中でもやっていける、と希望が持てるようになった」

法の理念は「障害児の教育保障」なのに…乖離する「自助努力頼みの現状」 

 学校教育法や2021年9月施行の医療的ケア児支援法は障害児の教育を保障し、他の子と共に学べる環境の支援を定めている。しかし、帝京科学大医療科学部の加藤洋子教授(医療福祉学)は「法律の理念と現状はあまりに乖離(かいり)している。障害児と家族が向き合う現実に制度が追いついていない」と指摘する。

 障害児を受け入れる幼稚園には、いすなどの園生活に必要な物品の購入や、身辺のサポートをする職員加配のための人件費として、国や県から「私立幼稚園等特別支援教育費補助金」が交付される。神奈川県私学振興課によると、2021年度は県内の幼稚園や幼稚園型認定こども園などの約6割にあたる413園が制度を利用。対象の児童は2298人で、10年前と比べ約1.3倍に伸びた。

 一方、補助額は障害児1人につき年間約78万円にすぎない。疑いなどで診断書が取れないグレーゾーンの子も制度の対象外だ。

 加藤さんは「教育保障は行政の責務。78万円では時給換算で、神奈川の最低賃金にも満たない。急変する恐れがある障害児を預かる教育保障として、あまりにも少な過ぎる」と言う。

 川崎、横浜両市を中心とした県内の超重症児の訪問調査を通じ、声を出せない寝たきりの子でも、同世代の子がいる場では生き生きした表情に変わるのを目の当たりにしてきた。「子どもは人との関わりの中で成長する。通園は子どもの健康を保ち、長時間のケアに追われて孤立しがちな母親の支えともなる」

 障害児といっても発達障害、肢体不自由、呼吸管理が必要な子など、その特性はまちまちだ。「子どもの命を守るため、専門知識のある職員が必要だが、特別支援学校と比べ幼稚園の取り組みは十分でない。現場の自助努力に委ねられている」と現状をみる。障害児を受け入れる園に専門家を派遣しての助言指導や、多様な障害に応じた有資格者の配置などの行政支援の必要性を訴える。

 成長につれて症状が悪化するケースも多い。「幼児期は子どもたちが教育を受けられる大切な期間。県や市には障害児の生活実態を見聞きした上で、適切で効果的な制度設計を求めたい」

元記事:東京新聞 TOKYO Web 2023年1月1日

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  • 匿名 says:

    こういった場所が増えることを切に願います。

  • 匿名 says:

    多くの子にとって多様性を学ぶすごくいい取り組みですね。同時に発達障害やその傾向がある児童も社会に順応すべく学習できる環境だと思います。きちんとした教育がなされていれば他人に迷惑をかけたり社会不適合を起こすことも減るでしょう。

     女性 20代

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