私の幸せを「女の幸せ」「母の幸せ」に塗り替えないで〈瀧波ユカリ しあわせ最前線〉2

(2024年5月15日付 東京新聞朝刊)

瀧波ユカリ しあわせ最前線

ズレていた「3年間、抱っこし放題」

 忙しい子育ての日々は戦いであり、幸せの最前線でもある。幼い娘の世話に忙しかった日々を思い出しながら、前回はそんな話を書いた。実を言うと、小さなためらいもあった。「子育ては大変だけど、その中に幸せがある」。…こういった言葉は個人的な実感として語られることもあれば、「政治」に利用されることもあるからだ。

 「3年間、抱っこし放題です」。これは2013年、安倍元首相が女性社員の3年間の育休取得を推進するよう企業に求め、母親たちに向けて掲げた言葉だ。しかし当時は保育園に入れず職場復帰がかなわない問題が今よりも深刻で、育休の延長より保育園不足の解消が急務なのは明白だった。また「抱っこし放題」とは、まるで母親たちが子どもをひたすらに可愛がりたくて育休取得するかのような表現だ。「ズレてる」。当然、批判が集中した。

イラスト

イラスト・瀧波ユカリ

 子育ての幸せを大事にしてください。少しくらい大変でも、母性があれば大丈夫。さあ、幸せな子育てを!…と「幸せ」を守るヒーローみたいなことを言いながら、実際は女性を家に押し込めたい。自分で面倒を見ろ、社会に世話をさせるな、と背を向けたい。そんな政府の思惑を感じさせることが、繰り返されている。

 最近も、離婚後の共同親権の審議で「離婚しづらい社会になるほうが健全だ」と議員が発言した。なんとも露骨だ。要は「ずっと『妻』『母』でいろ、『私』になるな」ということだ。

母親はだれもが「圧力」と戦っている

 「お上」が旧態依然なら、世間も変わらない。私が結婚や妊娠を報告した時は「仕事は続けるの?」と聞かれたし、娘がまだ小さい時に夜の会食に出れば「お子さんはだれが見てるの?」「いい旦那さんですね」と言われた。きっと今もよくあることだろう。

 そんな世の中で、女性たちはバッグに仕事道具を詰めて、子乗せ自転車に子どもを座らせて、ペダルをこぐ。これは「私の幸せ」が侵されないための戦いだ。「子どもを抱いて家にいろ」という圧力に「NO」を示し、お仕着せの「女の幸せ」に蹴りを入れ、「私の幸せ」の領域を守る。そんな「幸せの最前線」に、私たちは立っている。

 「子どもと家にいる女性は、戦っていないの?」。そんなことはない。母親はだれもが「私の幸せ」を軽んじる圧力と戦っている。全てを家庭に捧げて当然と思いかける自分自身とも戦っている。

 「私の幸せ」を「女の幸せ」「母の幸せ」「子の幸せ」に塗り替えようとする存在に、どうか気をつけてほしい。家にいても外にいても、私たちは共に戦う同志です。

【前回はこちら】他愛ない日常の中にこそ

【次の回はこちら】運動会で「親」をやるのが苦手だった

写真

瀧波ユカリさん(木口慎子撮影)

瀧波ユカリ(たきなみ・ゆかり)

 漫画家、エッセイスト。1980年、北海道生まれ。漫画の代表作に「私たちは無痛恋愛がしたい~鍵垢女子と星屑男子とフェミおじさん~」「モトカレマニア」「臨死!! 江古田ちゃん」など。母親の余命宣告からみとりまでを描いた「ありがとうって言えたなら」も話題に。本連載「しあわせ最前線」では、自身の子育て体験や家事分担など家族との日々で感じたことをイラストとエッセーでつづります。夫と中学生の娘と3人暮らし。

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  • 匿名 says:

    本当にずれていますね。今も、女性活躍推進と言われていますが、それでも実際は旧態依然です。

    私は、今年社内で女性活躍推進のための活動を担当していますがなかなか…。事実、役職者に女性はゼロです。これからの世代のために、少しでも道を開いてあげたいと思っています。

    代表取締役に女性活躍推進の方針を社会に、会社内に公言させるために取材して欲しいです。(実行させざるを得ないために)是非ともご検討下さい。

     女性 40代
  • しおり says:

    感動して電車で泣きました(笑)

    子どもが寝たあと旦那に留守番任せて深夜に近所のカラオケスナックに遊びに行ったり日曜に出勤すると100%いい旦那さんだねぇ〜と言われます、いい旦那なんですよ〜と言ってますが。

    しおり 女性 30代

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