お笑い芸人 シベリア文太さん 僕の所だけ大笑いしてくれた妻 「気が合うかな」と付き合い始めて…

有賀博幸 (2024年8月4日付 東京新聞朝刊)
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シベリア文太さん(有賀博幸撮影)

カット・家族のこと話そう

なかなか売れず「目を覚ませ」

 小中学生時分、プロ野球の王貞治選手なんかのまねをしたり、ダジャレを言ったりして、クラスで笑わせていましたね。工場勤めなどをしていた両親はともに真面目で、影響とか全然受けてないです。

 福井県内の工業高等専門学校を出て、土木コンサルタント会社に就職しましたが、残業、残業の毎日に嫌気が差し1年でやめました。試しに受けた吉本(大阪)のオーディションに合格し、22歳でお笑いの世界に入りました。親にしてみれば「高専まで行って」との思いは当然あったし、田舎ですから「芸人なんて」と。父親は怒って口も聞いてくれず、無視状態でした。

 大阪や福岡で活動していましたが、なかなか売れません。28歳で上京し、間寛平さんの付き人を35歳までやりました。たまに実家に帰ると、親から「目を覚ませ」「いいかげん帰ってこい」と。でも、自分としては会社勤めに比べたら、好きなことができて全然いい。この40年やめようと思ったことは一度もありません。島田紳助さんは「おまえが(芸人を)やめないのが、一番おもろいわ。普通やめるで~」って面白がってくれます。やはり寛平さんとの出会いが大きかったですね。今も師弟関係が続いています。

 嫁さんとは41歳で結婚しました。新宿の吉本の劇場に見に来て「僕の所だけ大笑いした」と。「気が合うかな」と付き合い始めて…。でもそう思ったのは、一瞬。「こんな金も稼がんやつ」と思っているでしょう。高3の一人娘は「こいつに似ちゃった」って。僕のこと、「こいつ」呼ばわりですよ。口の悪いやつ! 家の中でギャグを言っても、2人から無視されてます。

映画主演、両親に見てほしい!

 6月初旬に故郷の越前市で、僕が主演した映画の上映会がありました。盗みに入ったはずの家で料理を作り、家族が抱える悩みを解決していくハートフルコメディーです。主役になる売れない芸人って、なかなかいませんよね。「両親にスクリーンで見てもらいたい」と思っていたら、ありがたいことに妹の旦那や小中の同級生、お寺さん、会場の館長さんらが動いてくれ、あれよあれよと開催にこぎつけました。地元の人のパワーと愛を感じましたね。

 2日間で4回上映され、初回は両親で見に来てくれました。90歳過ぎの父親は、息子が大きく映っているくらいは分かったと思います。86歳の母親は、映画2回と上映後のトークに3回足を運んでくれました。「思ったよりいい映画で安心した」と。トークでは毎回、お客さんが笑っているのを目にして「おもいでなかった~」と言ってました。「思い出になるくらいうれしかった」という意味です。

 上映会用のエンドロールにお世話になった方々を載せたのですが、周囲に言われ「とおちゃん、かあちゃん」と入れておきました。2人とも気づかなかったようですが…。

シベリア文太(しべりあ・ぶんた)

 本名・玉村輝彦。1964年、福井県越前市(旧今立町)生まれ。86年に吉本興業入り。吉本新喜劇を経て、漫談やすべり芸を中心に活動。芸名の「文太」は俳優の菅原文太さん似に由来。「シベリア」の名付け親は、間さんの息子慎太郎さんで「寒いから」。2023年、グルメ漫画の第一人者ビッグ錠さん原作の映画「シベリア文太の快盗(かいとう)くいしん坊」(竹内晶子監督)で主演した。

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