プレーワーカーとして働く原点は被災地で出会った子どもたち 心から安心できる居場所づくりを【香港プレーパーク奮闘記・中】

大野雄一郎 (2026年1月30日付 東京新聞朝刊)
 香港初のプレーパークでプレーワーカーとして働く堀田奈都希(なつき)さん(35)の原点は、東日本大震災で被災した宮城県石巻市での支援活動だ。名古屋短期大(愛知県)専攻科で保育を学んでいた2012年、ボランティアとして定期的に避難所や仮設住宅の遊び場で子どもたちとふれあった。
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智楽のスタッフが運営への不安や疑問を書きだしたボードを見せる堀田奈都希さん。開園前の研修で活用した=香港・紅磡(ホンハム)の夢想無界二份一遊楽場で

ストレスで蹴ったり殴ったり…

 そこにいたのは、被災によるストレスを抱えた子どもたちだった。ボランティアに対して「よそ者」と怒鳴ってくる子。蹴ったり殴ったりしてくる子。それでも一緒に遊び、時間を共有するうちに、不安定だった子どもたちの感情が穏やかになった。子どもが心から安心して振る舞える場をつくる大切さを実感した。

 卒業後には同市のNPO法人に就職し、支援を継続。ある日、いつも一緒に遊んでいた小学2年の男の子を仮設住宅に送っていったときのこと。その子がぽろっと「津波見たことあるよ。人も流れていった」と語ってくれた。「災害時でもそうでなくても、こうした気持ちを吐き出せる場所や人の存在は大切だと思う」

 17年には、プレーパークの先進地・英国での研修ツアーに参加。親が薬物やアルコール依存で家庭環境が難しい子もいたが、大人が正面から向き合い、居場所を提供していた。「やってきたことは間違っていない。この分野を極めたい」。22年から2年間英国に住み、実務経験を積んだ。

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砂地や即席の遊具などで自由に遊べる「夢想無界二份一遊楽場」

よりよい場へ議論やロールプレー

 キャリアを評価されて香港に招かれ、まず取り組んだのは、開園準備とスタッフ研修だった。初の常設プレーパークのため、運営団体の「智楽(Playright)」としても、現場を取り仕切るノウハウを欲していた。

 スタッフたちに運営上の不明点などを書き出してもらい、互いの理解度を共有。遊具の安全チェックリストを作り、「子どもが投げた砂が別の子の目に入った」などのアクシデントを想定したロールプレーも行った。職員のクリスティ・チョウさん(37)は「同僚が直面した問題に対してすぐ答えを出すのでなく、どう解決すべきか一緒に考えてくれる。彼女の経験値は私たちの自信につながっている」と話す。

 香港人スタッフの多くは英語を話せるが、母語は広東語。堀田さんには英語で対応してくれるが、スタッフ同士の広東語会話にうまく入れず「疎外感を感じることもあった」という。それでも人工知能(AI)を駆使して言葉をその場で翻訳するなど、溝を埋める努力を続けた。「何とか使命を果たし、貢献したいという思いだった」

〈香港プレーパーク奮闘記〉香港初のプレーパークで奮闘する堀田さん。その姿から、国や地域が違っても変わらない子どもの「遊び」の大切さを3回の連載で考えます。

香港初のプレーパーク誕生の裏に一人の日本人女性 日英での経験買われ「自由な遊び」熱烈支援

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地域住民も巻き込み一緒につくる 一人の人間として子どもを尊重する遊び場

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