かこさとしさん未発表原稿「くらげのパポちゃん」 孫の中島さんが絵を添え刊行「心の中でやりとりしながら…」

(2025年3月31日付 東京新聞朝刊)

「くらげのパポちゃん」(かこさとし・文/中島加名・絵 講談社)より

 「だるまちゃん」や「からすのパンやさん」シリーズで知られる絵本作家かこさとしさん(1926~2018年)の未発表原稿を基にした「くらげのパポちゃん」(講談社)が2月に刊行された。70年以上前に戦争をテーマに書かれたファンタジーに、孫で会社員の中島加名(かめい)さん(31)が絵をつけた。かこさんの親族は、作品が戦争について話すきっかけになればと願う。

70年以上前に書かれた文章

 舞台は戦後間もない頃のある島。ふるさとを離れて町へ働きに出る少年は、桟橋で母や見送りの人たちと船の到着を待っていた。その下で波に揺られながら話を聞いていたパポちゃんは、少年の父がかつて南方の戦場へ向かう途中、船が沈み亡くなったと知る。お骨も戻らぬ父に少年の成長を伝えようと、パポちゃんは大海原へと乗り出した。
 
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「くらげのパポちゃん」(かこさとし・文/中島加名・絵 講談社)より

 
 かこさんの長女で中島さんの伯母に当たる鈴木万里さん(68)によると、原稿が見つかったのは4年前。童話集を編集していた際に自宅から別の原稿が見つかり、その中に含まれていた。末尾に1950~55年と記されていた。
 
 当時、かこさんは川崎市の臨海地区で働き、労働者とその家族が多く住む地域で紙芝居を見せる活動をしていた。戦争で父親を失った子もおり、亡くなった父親のことを考えるうちにお話ができたのでは、と鈴木さんは推察する。

絵本作りを見て育った孫が

 「真実を伝えるファンタジーで、ぐっとくるものがあった。みんなに読んでほしい」と絵本制作を決意したものの、あるのは文章のみ。そこで絵は、かこさんの誕生日に「だるまちゃん」など主要キャラクターを描いて贈ったこともある中島さんに白羽の矢が立った。
 
 絵本作りを間近で見て育ち、祖父の作品の挿絵なども手がけたことのある中島さんだが、絵本は初挑戦。描き終えて一息ついた数日後、亡くなった兵士たちの絵のトーンに合わせて、前後の色合いや構成を再検討したいと編集者が提案。戸惑いながらも全体の3分の1ほどを描き直した。
 
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「くらげのパポちゃん」(かこさとし・文/中島加名・絵 講談社)より

「合わせ鏡のように向き合った」

 ちょうど「パポちゃん」の原稿を書いた頃のかこさんと同年代で、「祖父は自分と同じ年齢の時に何を考えようとしていたのか。合わせ鏡のように向き合い、心の中でやりとりをしながら描いた」。終戦から5~10年ほどの当時、感情を抑えようとする祖父の強さも感じた。「クラゲと少年に思いを託し、未来を案じる姿勢に共感した」

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孫の中島加名さんとお絵描きをするかこさとしさん(加古総合研究所提供)

絵本の使命は「継承すること」

 「父は晩年、戦争について描きたいけれど描けないと何度も言っていました」と鈴木さん。家族にも戦争の話をしなかった。怒りや悔しさを絵にかえ、子どもたちに自分のような失敗をさせたくないと思ったことがたくさんの絵本を作った原点だという。「父が決意を胸に大海原、荒波の社会を生きてきた姿がパポちゃんと重なります」
 
 裏表紙には、パポちゃんが仲間に冒険の話をする様子が描かれた。鈴木さんは「この絵本の使命は、継承すること。なぜ少年のお父さんが南の海で死んだのか、考える子どもたちがいてほしい」と願いを込める。

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出版記念会見で絵本を手にする鈴木万里さん(左)と中島加名さん。右の写真はかこさとしさん=神奈川県藤沢市で

 

かこ・さとし

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(加古総合研究所提供)

 1926年、福井県生まれ。東京大工学部を卒業後、化学会社に勤務。ボランティアで子どもたちと関わり、紙芝居作品を多く手掛ける。1959年に「だむのおじさんたち」で絵本作家デビュー。愛らしいユーモラスなキャラクターで、子どもたちの身近な世界を生き生きと描き続けた。作品数は600を超える。「かわ」など科学絵本も多い。2018年、92歳で死去。

 

 

筆者 長壁綾子

写真1988年、群馬県生まれ。2018年より毎週「えほん」のコーナーで新刊の絵本を紹介している。また、絵本、児童書について取材しており、作家のみなさんが作品に込めた思いを伝える。全国一のだるまの産地、高崎市で生まれ育ったので「だるまちゃん」シリーズは子どもの頃から愛してやまない。「未来のだるまちゃんへ」は常にデスクにおいてあり、何かあった時にひらく一冊。

 

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