〈アディショナルタイム〉人生には「結果」よりも大切なものがある。陸上小説『一瞬の風になれ』
物語は春野台高校に通う主人公・神谷新二の3年間を描きます。新二には2つ年上の兄・健一と同じサッカーチームでプレーする夢があるのですが、いくら努力しても兄との差は開くばかり。自身の限界を感じ、高校ではサッカーを辞めてしまいます。
自分を信じられない。劣等感しかない。そんな新二は同級生の一ノ瀬連に刺激を受けて、陸上部に入ります。連は中学時代に名をはせた天才スプリンター。圧倒的に速い幼なじみに憧れながらも「連に勝ちたい」という気持ちが芽生え、100メートル走に夢中になっていくのでした。
ライバルの連は大切な仲間でもあります。新二は「4継(ヨンケイ)」=100メートル×4人リレーにも挑戦するのですが、ここで連は誰よりも頼もしい味方になります。4人でバトンをつないで走る。ただ、それだけのことがこんなに心を熱くするなんて。「最高の…リレーがしたい」。新技アンダーハンド・パスで臨んだ最後のインターハイ予選は、日本チームが銀メダルに輝いたリオ五輪の4継と重なります。
作者の佐藤さんは実際の陸上部を取材して、この本を書いたそうで、スポーツ記者から見てもリアルな陸部(りくぶ)が描かれています。「(体の)真ん中に真っすぐな軸を意識してフォームを作る」「地面に強く乗る感じ。地面から強い力を受け取る」など、文中に出てくる知識は実際に走るときの参考になるはず。
この小説は新二の一人称で語られているのが特徴で、思春期特有のみずみずしさが心にすっと入り込んで、弾けます。顧問の三輪先生、強豪校のエース仙波、女子陸上部の谷口さんら、多彩なキャラクターも魅力。読み進むにつれ、まるで自分が新二たちと一緒に成長していくような錯覚に陥りました。
「成功よりも成長したい」。スポーツの現場を取材していると、こんな言葉を選手から聞くことがあります。私にはこれこそが本書のテーマに思えてなりません。陸上の短距離は残酷です。素質の差は否定しがたく、どんなに練習してもすぐに満足のいく結果が出ることはめったにありません。では、どうしたらいいのか。新二は「1本1本、そのレースに集中して次につなげる。俺にはそれしかできない」として、課題を見つけては、根気よく丁寧に練習を重ねます。この考えに共感が持てるのです。
陸上で決勝に進める人数が限られているように、100メートル走で勝者が1人しかいないように、人生には届くものと届かないものがあります。でも、この小説を読むと、結果よりも大切なものがあるのではないかと気付かされます。
ある日、新二は後輩をこう言って諭します。
「ほとんどのときが悔しいんだぞ。試合に負けたり、練習がうまくいかなかったり、人が自分より強くなったり、けがしたり。9割がた悔しいんだ。うれしいときなんてほとんどねえよ。だけど、そのぽっちりのうれしいときが、全部の悔しいや苦しいに勝るんだよ」
平成を代表するスポーツ小説は、自分の弱さとどう向き合うかを教えてくれるのです。
なるほど!
グッときた
もやもや...
もっと
知りたい