がん経験者が子どもを持つには 出産を断念しても「望みは捨てないで」 里親や特別養子縁組も選択肢に

奥田哲平 (2022年1月26日付 東京新聞朝刊)
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乳がん治療を経て特別養子縁組で迎えた子どものアルバムをめくる女性=愛知県内で

 がん治療後に子どもを持つ可能性を残すため、受精卵の凍結保存などの妊孕(にんよう)性温存療法を受けるAYA世代(10代後半~30代)の患者が増えている。ただ、必ずしも妊娠・出産につながるとは限らない。里親や特別養子縁組などで子どもを迎え、育てるのも選択肢の一つだろう。乳がん治療を経て男の子を迎えた愛知県内の40代女性は「望みを捨てないで」と訴える。

不妊治療中に乳がん 受精卵凍結も断念

 女性は2010年に結婚。子ども2人が理想で、翌年に建てた自宅2階には間仕切りができる部屋をつくった。だが、なかなか子どもが授からず、体外受精に臨んでいた頃に右胸のしこりに気付いた。2012年8月に手術で切除。その後の検査結果で脇に転移が見つかり、医師から抗がん剤などの再発予防治療が必要と告げられた。

 抗がん剤の副作用で卵巣がダメージを受け、妊娠する力が損なわれる恐れがある。同意書に署名すると、涙が止まらなかった。「苦しい不妊治療から解放されるけど、子どもは持てない」。子ども連れを目にするのがつらく、精神的に追い詰められた。

 治療前、受精卵凍結の説明を受けた。ただ、がんの再発がないと確認できた5年後に受精卵を戻しても、自分は40歳を超えている。子どもを授かる確率は高くなく、不妊治療の身体的な負担を経験していたことから断念した。

生後8か月で受け入れ、今では小学2年生

 先の見えない暗闇のトンネル。その中に「光が差したように感じた」のは、特別養子縁組で赤ちゃんを迎えた友人からのメールだった。すぐに詳しい話を聞いた。「妊娠・出産はドクターストップされたけど、育児はできるかもしれない」。夫も賛成し、児童相談所の研修を受け2014年2月に里親登録された。

 半年後、乳児院で暮らす生後8カ月の男児の受け入れを打診された。当初は最長で18歳まで育てる養育里親だったが、実母の同意を得て法的な親子になるが成立した。息子は今、水泳好きの小学2年生。がん発症から10年近くたつが再発はない。「ひょっとしたらという思いはある。なるべく早く自立した子に育てたい」。慌ただしい日常がいとおしい。

「ライフコースの選択肢を示したい」医療機関が情報提供、無料オンライン講座も

 がん経験者が里親になるに当たっては、医療機関ではない児相や民間あっせん団体が里親の健康状態をどう評価するかという課題もある。里親制度は、子どもの適切な養育環境を整えるためだからだ。医師から健康状態の説明文書を提出してもらった経験者もいる。

 国立がん研究センターが昨年末に公表したAYA世代患者の5年生存率は、乳がんが90%、子宮がんが89%。早期発見と治療の進歩で多くの人が普通の生活に戻っている。独協医科大埼玉医療センターリプロダクションセンターが行った調査では、埼玉県内の養親や里親205組のうち5.9%はがん経験者だった。

 患者の心情に配慮した適切なタイミングで里親制度について情報提供する模索も始まっている。同リプロダクションセンター長の杉本公平さんは「さまざまなライフコースの選択肢を示すことでがん治療の葛藤を少しでも軽減してほしい」と話す。

日本がん・生殖医療学会は2月11日午前10時から、オンライン公開講座「がん患者の里親・養子縁組について考える」を開く。参加無料。詳細は学会の公式サイトで案内している。

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