日本の性教育は時代遅れ 「生命の安全教育」は具体的な性の知識を教えず 世界では「包括的性教育」が主流なのに…
「性犯罪・性暴力対策の強化」柱の1つ
性暴力根絶を訴える「フラワーデモ」などの高まりや性犯罪をめぐる刑法見直し議論の活発化を受けて、政府は2020年に「性犯罪・性暴力対策の強化の方針」を決定。刑事法のあり方の検討、再犯防止、被害者支援など5つの柱を示した。
柱の1つの教育・啓発活動で打ち出したのが「生命の安全教育」だ。文部科学省は「子どもが性暴力の加害者、被害者、傍観者にならないよう、学校教育がより大きな役割を果たすことが必要」として推進する。
有識者の意見も踏まえて、年代別の予防啓発教材や指導の手引を作成。文科省のホームページで公開し、モデル校での実施を経て本年度から全国の学校で積極的に実施するよう求めている。
教材では、発達段階に応じて「プライベートゾーン」(水着で隠れる部分)を含む身体の大切さや安全なSNSの利用、性暴力を防ぐための関係性の築き方、恋人間の暴力であるデートDVなどを取り上げる。
「性暴力に遭った」認識に時間がかかる
子どもや若者の性暴力被害は後を絶たない。内閣府によると、子ども・若者が被害者となる強制性交等罪(現・不同意性交等罪)の認知件数は増加傾向にある。警察庁の統計では、2022年の児童ポルノ事犯の被害児童数が1487人と、10年前の3倍近くに増えている。
性被害当事者らの団体「Spring」が2020年に被害者約6000人に実施したアンケートでは、7割以上が「10代以下」で被害に遭っていた。半数以上が「すぐに性被害と認識できなかった」といい、認識まで20年以上かかった人も。身近な人に相談した例は6割強だった。
性被害は、認知されない「暗数」が多いとされ、特に子どもの被害では顕著だ。大人が信頼関係や権力関係を利用して加害する例が多く、子ども自身が被害を認識できないケースもあって表に出にくい。性に関する知識をきちんと教えることの重要性が指摘されている。
「はどめ規定」と性教育へのバッシング
文科省は生命の安全教育を性教育とは位置付けていない。「性に関する指導と重なる部分はあるが、目的が異なる」からだという。そもそも、性に関して学校の授業で扱ってきたのは思春期の心身の変化や性感染症の予防が中心。学習指導要領の「はどめ規定」や一部保守派による性教育バッシングを背景に、性交すら十分に教えられていないことも多い。
終戦後 | 国が治安対策に、結構まで性交しないなどの「純潔教育」を主導 |
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1970年代 | 米国発の女性運動の波及とともに性教育も活発化 |
1980年代 | エイズの社会問題化、性教育が喫緊の課題に |
1992年 | 「性教育元年」。学習指導要領改訂で小学5年理科で「生命の誕生」を学ぶように。小学校の保健の5・6年生用教科書が初めて登場 |
1998年 | 学習指導要領改訂。小学5年理科で「人の受精に至る過程」を、中学1年保健体育で「妊娠の経過」を「取り扱わない」とする「はどめ規定」が初めて記載 |
2003年 | 東京都七生養護学校(現七生特別支援学校)での知的障害のある子らへの性教育が都議会で問題に。都は教材を回収し、教員らを処分 |
2004年 | 都教委が「性教育の手引」を改訂、性教育を抑制する方針を示す |
2005年 | 自民党内に「過激な性教育・ジェンダーフリー教育実態調査プロジェクトチーム」が発足、「過激な」性教育を批判。全国の自治体で手引の改訂も進み、性教育は大きく萎縮へ |
2013年 | 七生養護学校への介入事件で、最高裁でも教員らが勝訴 |
2018年 | 東京都足立区立中学校での性教育が都議会で批判される |
2020年 | 国が「性犯罪・性暴力対策の強化の方針」で教育・啓発の強化を明記 |
2022年 | 衆院文科委員会で永岡桂子文科相(当時)が「はどめ規定」について「撤回は考えていない」と答弁 |
2023年 | 「生命の安全教育」が全国の学校でスタート |
性教育に携わる教員らでつくる“人間と性”教育研究協議会の水野哲夫代表幹事は「これまで相談や生徒指導の領域とされてきた性暴力を、文科省が教育テーマとして推進するのは大きな前進」としつつ、前提となる性の教育が欠けていることに「性を知らずに性暴力をどう防ぐのか。からだの権利を教えず、距離感を保つなどの心構えで対処する道徳的な教育に終始している」と批判する。
文科省は「教材は適宜内容の加除や改変が可能」とし、実践事例集も公開するが、地域による取り組みへの温度差も指摘されている。
「包括的」ジェンダーや多様性も学ぶ
日本で性教育は限定的、抑制的に行われてきたが、他の先進国では、性や生殖の科学的知識だけでなく、人間関係やジェンダー平等、多様性なども幅広く学ぶ「包括的性教育」が主流になっている。
包括的性教育は、国連教育科学文化機関(ユネスコ)などが作成した手引に基づき「人間関係」など8つのテーマを幼児期から繰り返し学んで理解を深める。日弁連や日本財団が学校教育への導入を求めており、性犯罪者の再犯防止教育でも注目されている。
東京都足立区立中学校で性交や避妊の授業を続け「実践 包括的性教育」の著書もある樋上典子さん(65)は「生命の安全教育は、性器の名称もなぜ大切なのかも抜け落ちている。子どもたちにどの程度伝わるか。性は人生を通じて向き合うもの。生命の安全教育を通じて、これでは不十分だと大人が気付いてほしい」と期待する。
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