ウクライナの戦禍を逃れ日本に留学 ダリアさん15歳「今日も普通に学校に行ける。本当にうれしい」

榊原大騎 (2024年2月29日付 東京新聞朝刊)
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ロシアのウクライナ侵攻から2年。現在の心境を話すダリア・ドゥブロフスカさん=北区で

 ウクライナの戦禍を逃れ、あこがれだった日本で新たな一歩を踏み出した高校生がいる。ウクライナ人のダリア・ドゥブロフスカさん(15)。キーウ出身で、昨年9月から、北区の東京成徳大学高校に留学中だ。ロシアの侵攻を受ける母国を離れて2年。「今日も普通に学校に行ける。この人生、本当にうれしい」

父はキーウ 母と妹はスペインに

 ドゥブロフスカさんは、国際交流団体「ヒッポファミリークラブ」を通じ、東京都内でホームステイをしながら高校に通う。会社員の母親(40)と小学生の妹(7)はスペインで避難生活を続ける一方、配車サービス業を営む父親(41)はキーウに残ったままだ。

 「ダリア、戦争が始まった」。2022年2月24日午前6時。いつものように学校へ行こうとベッドから起き出すと、母親から告げられた。「こんな時代に戦争が始まるわけない…」。すぐに状況をのみ込めなかった。クラスメートとのグループチャットにも「今日学校はあるの?」などと牧歌的な文言が並んだ。

 当日のうちに家族と車で西を目指した。だが、父親は戒厳令と総動員令のため国内に残留。残る3人と愛犬でルーマニア、ポーランドを経由し、たどり着いたスペインでの避難生活が始まった。「2週間ぐらいでキーウに戻れる」という期待は日に日に遠のいた。

ハイキュー!!とちゃんみなが好き

 半年後、キーウの学校がオンラインで授業を再開。その傍ら、日本語の勉強を始めた。「漢字がかっこいいと思った」から。その過程で日本のアニメや音楽にも興味を持ち、「日本に行きたい」という気持ちが募った。はじめ反対した母親も、その熱意に押されて快く送り出してくれた。

 日本語に不自由はなく、高校ではバレーボール部に所属。友人たちとはすぐに打ち解けた。好きなバレーボール漫画「ハイキュー!!」やラッパー「ちゃんみな」の話もできる。留学期限は1年だが、正規入学も検討している。将来は得意の数学を生かした仕事に就くため、日本の大学への進学も考えている。

後ろめたさも…精いっぱい生きる 

 一方、母国の家族や友人を思うと不安は募る。特に父親はいつ動員されるかわからず、「戦争は終わってほしい。終わっても元の生活には戻れないかもしれないけれど、ウクライナを元の形に戻してほしい」と訴える。

 安全な場所にいる自分に後ろめたさを感じたこともあるが、精いっぱい生きようと決めている。「家族が私を留学させてくれたので、できるだけ頑張りたい。ウクライナは戦争で大変な状況だけど、一度きりしかない自分の人生は楽しく生きたい」

元記事:東京新聞 TOKYO Web 2024年2月29日

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  • 俊ちゃん says:

    ウクライナの方は大変ですね‼️まだ15歳の女の方が両親と離れ又母国離れ日本で生活するのは。でもね今は日本に来て将来ウクライナが平和なったら祖国の為に貢献できるよう日本とウクライナとの橋渡しができるよう日本語をマスターしてね🙋

    俊ちゃん 男性 70代以上

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