五味太郎さんの絵本づくりは「苦労しなくても描ける。趣味なんだよね」 世界中の子どもに愛され50年 - 東京すくすく | 子どもとの日々を支える ― 東京新聞

五味太郎さんの絵本づくりは「苦労しなくても描ける。趣味なんだよね」 世界中の子どもに愛され50年

(2024年12月16日付 東京新聞朝刊に一部加筆)
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アトリエでインタビューに応じる五味太郎さん(七森祐也撮影)

 カラフルな絵とリズミカルな文章で、世界中の子どもたちの心をつかんできた絵本作家の五味太郎さん(79)が昨年、デビュー50年の節目を迎えた。これまでに手がけた400冊以上の絵本のうち、100冊を超える作品が約20カ国で翻訳出版されている。今も精力的に制作を続ける五味さん。長きにわたり、作品づくりとどのように向き合ってきたのだろうか。

自分の体質に合う一番楽しい仕事

ー絵本を描き始めたきっかけは。

 何となく、なんだ。描き始めたのは28歳の時。高校の頃は散文も韻文も書いていて、「文章で(生きて)いくのかなあ」と考えていたくらい。だけど、南方に旅行した時、ヤシの木の下に座っていて、「字で書くだけって切ないな」と思った。

 「言葉だけで世界をつくったり組み立てたりするのは、俺には切なすぎる。色気がないな」って。もう少し楽しい作業が好きだったんだろうね。絵と文章が同時進行でふわっとまとまる「絵本」の形に出合って、これならいろんなことが描けると思ったし、自分の体質ともすごく合ってた。

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ー「体質に合う」とは。

 この社会には、個人が体質に基づいて生きていくシステムがない。例えば、朝早くから仕事をするのが合わない人もいる。俺も午前中に活動するのは合わないから、絵本の作業ももちろん夜。だんだん体調が整って、盛り上がってくるんだよ。気がつくと朝の4時半、5時。寝て起きると昼の12時。そういう自分の体質で、一番楽しい仕事っていうのを見つけちゃったんだ。

ー制作はどのように進めていますか。

 まず描いてみる。そうすると、いろんなものが見えてくる。自己発見がある。計画を立てて、それをなぞって仕事を進めるのは不得意だし、好きじゃない。下絵なんかも描かない。いつも大ざっぱな計画しかないんだよ。旅行と同じで、どうなるか分からないのが面白い。

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子どもが大人の力を借りずに読める本

ー五味さんの作品は日常のすぐ隣から、話が始まります。

 ちょっとした思いつきを絵本にするのが大好きなだけだよ。それが成功する時も、しない時もある。どう発想が生まれるかは分からない。分からないから面白いんだよね。

ー絵にぴったりの言葉はどう浮かぶのですか。

 絵を描きながら、出てくる言葉をメモしている。絵と言葉の距離は割と近い。でも、絵本は絵が主体。最初からずっと、「子どもが大人の力を借りず、自分で読める本」を描きたいと思ってきた。

 何冊か刊行した後、「スイスでも出したい」と訪ねてきた人がいた。絵本の言葉と、スイス人の彼女が(絵を見て想像で)話す内容がだいたい合っていた。日本語が分からなくても、絵本だから読める。その時、言葉を超えて海外にアプローチできることに気がついた。その後、韓国、米国、フランス…と世界中で出版されて、自信がついた。

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左から「りょこうにいこう!」(偕成社)「ぼくはふね」(福音館書店)「きんぎょがにげた」(同)

ー逃げた金魚を捜しながら読み進める「きんぎょがにげた」などを読んで育ちました。

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「きんぎょがにげた」(福音館書店)

 あれは成功例だよ。心楽しく、口笛を吹きながら描いた。その時の気分がよどみなく、そのまま描けてるよね。「きんぎょがにげた」の最後の「もうにげないよ」の部分は、描きながら編集者と詰めた。俺は、本当は「たぶんまた逃げるな」というニュアンスを残そうと思っていた。編集者の意見を聞いたケースで、ちょっとパワーが効いていないと感じたけれど、収まりはいいんだよね。

絵を描くことは趣味 趣味は仕事

ー描く苦労は。

 苦労だと思ったことがない。苦労しなくても描けるから、自分にとって絵本を描くことは、どう考えても趣味なんだよね。反対に、趣味は仕事。チェロもテニスもマージャンも、ものすごく勉強して努力してるけれど、挫折しているんだ。

 なぜチェロが難しいのか深く考えてみた。あの楽器は自分が作ったものじゃない。つまり、楽器の音が出る形に自分が沿わなくちゃいけない。構造を理解して、そこからやっと表現できる。絵の場合、五味太郎の描き方を自分でつくる。チェロも同じようにしたいけれど、それだと音程が狂う。楽器も自分で作っちゃえばいいけれど、そうするとアンサンブルができない。

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ーチェロは67歳で始めたそうですね。

 パートナーがプレゼントしてくれたんだ。独学で10年くらいやっている。チェロを始めて分かったのは、楽器の演奏は肉体化すること。絵もそう。俺にとって、絵は完全に肉体化している感じ。

 絵本という趣味に関しては、一人の世界で完結して、あとは読者の皆さんに楽しんでもらう。想像もしない読み方をしてくれる人がいて、行ったことのない国にも自分の本が存在する。そんな趣味を人生の中で見つけられたことは、幸せだと思う。絵本という表現の形に出合えてよかったな、って。やめろと言われても続けていくよ。

「いいじゃん、自分で決めろ」

ー子どもの頃の五味さんは。

 父ちゃんは学者に近い研究者。母ちゃんと姉ちゃん、妹がいたけれど、みんな静かだったから、家にいるより外で駆けずり回っていた。両親は「おまえはおまえでやれ」と放任主義。何かあれば頼むし、話すけれど、それ以外へのアクションはなかった。自由にさせてもらったよ。

ー親は子どもを放っておくことが怖くて、つい「こうしなさい」と言ってしまいがちです。

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 そういう親が多いよね。今の世の中、周りを見ていると、だらしがないやら、うるせえやら。子ども(の進路)をどこに行かせたいとかね。「いいじゃん、自分で決めろ」って思うんだけれど、今の子どもは決められないんだよな。

 客観的に見て、教育が産業化している。もうかる。だから、歯止めがかからない。「これをやっておかないとダメですよ」と脅かす。そういうことが全世界的に広がっている。これは断ちようがない。賢くなれば、お金を使わせるために虎視眈々(たんたん)と狙っている産業が多い構造はすぐ分かるのに、実際は乗せられてしまうんだよね。

「時間」に五味太郎賞をあげたい

ー50年もの間、多くの子どもたちに楽しい絵本の世界を届けてきました。

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 「子どもたちは『五味さんの本は自分の本だ』と思っていますよ」と言われたことがある。誰が描いたかは関係ない。子どもたちが「私の本だ」と捉えるのは、自分が思い描いたことが描かれているから。そういう子が世界中にいる。仕事の域を脱しているよ。

 50年っていうけれど、俺が頑張ってきたわけじゃないんだよ。最近つくづく「時間」って偉いなって思う。あいつは真面目だね。

 「コツコツ」やるというけれど、あれは時間がコツコツやってくれているんだ。生きものは時間に乗っているだけだからサボることもできるけれど、時間はサボらない。俺はただ、時間に乗って絵本を描いてきたら、50年たったってことなんだ。「時間」に五味太郎賞をあげたいね。

インタビューを終えて

 「君はどんな子どもだった?」。取材の冒頭、五味さんからこう聞かれた。何か物を作ったり、絵本を読んだりすることが好きで、私の近くにはいつも五味さんの作品があった。「俺はそういう子どもじゃなかったんだ。絵も物も作ったりせず、ひたすら外で遊んでいたんだよ」。家には本はあったけれど、野球をやったり、外を走り回ったりする子どもだったと、自身の幼少期を話してくれた。

 「一日のはじまりって楽しい」。67歳で始めたチェロ、仲間とのテニスやマージャン、3カ月に1度の医者とのミーティング(定期健診)。何げない日常をワクワクするような言葉と、はにかんだ笑顔で話す姿が印象的だった。幼い頃、楽しい絵本の世界へいざなってくれた人から、これから年を重ねていく私へ、「人生を思う存分、楽しむように」とエールをもらった気がした。

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五味太郎(ごみ・たろう)

 1945年、東京都調布市生まれ。桐朋高校、桑沢デザイン研究所卒業。工業デザイナーやグラフィックデザイナーを経て、73年に「みち」(福音館書店)で絵本作家としてデビュー。代表作「きんぎょがにげた」(同)は累計発行部数327万部を超える。国内外の絵本賞を多数受賞。「さる・るるる」(絵本館)、「まどからおくりもの」(偕成社)など多くの絵本の他、エッセー「6Bの鉛筆で書く」(ブロンズ新社)なども刊行。作詞家として「ぼくのミックスジュース」をはじめ、子ども向けの歌の作詞も。「こども陶器博物館」(岐阜県多治見市)のロゴマークや、お菓子のパッケージのデザインなども手がける。

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絵本以外にもエッセー「6Bの鉛筆で書く」(ブロンズ新社)では、味わい深い文章がつづられている

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