生まれないほうが幸せ「反出生主義」に反響 「同じ境遇…励まされた」「出産で価値観が変化」 識者はどう見る?
両親に恵まれず「子ども持たない」
愛知県刈谷市の女性(46)は「同じような境遇や思いの人がいると知り、とても励まされた」と書いた。父親がギャンブル依存、母には無視されて育った。「こんなことは私で最後にしたい」と考え、子どもは持たないと決めた。ただ、周囲に子どもを持つことを勧められて知識を深め、「今ならちゃんと子育てできるかも」と悩んだ時期も。「焦らないでしっかり考えてみては」と気遣った。
子どもを産んだ女性からの投稿も多かった。両親が不仲で、幼い頃から「無」でいたい気持ちが強かったという同県の女性(44)は「孤独でいる勇気がなかった」ため結婚し、「夫やその家族の手前、子を持たないという選択もできず」に出産。そうした思いを話したことはなかったといい、「人知れず悩む人は多いと思う。前向きでない繊細な思いを女性が伝えてくれて、掲載されてありがたかった」。
「産んでみよう」自分をだまし出産
石川県の女性(35)は20代の頃、「満足に育てられない、こんな腐った社会で子どもは産めない」と考えた。ただ、「妊娠適齢期は限られている」との思いも。子育てを社会で支える考えが広まりつつあると感じ「産まずに後悔しても取り返せない。ならば産んでみよう、と自分をだまし言い聞かせた」。今は子育て中で「産まなければよかったとは思わない」という。
結婚や出産で考え方が変わったのは、愛知県豊川市の女性(41)。幼い頃から無気力で自分を卑下することが多く「子どもが苦しむことになるのに産むのは自分勝手」と感じていた。転機は前向きな性格の夫との出会い。「自分の価値を自分で決めること自体がエゴと気付いた」。出産後は夫の家族の笑顔に囲まれ「人生は自分だけのものではないと、考えがグラデーションのように変化した」と振り返る。
人は一生を通して成長するもの
千葉県の男性(71)は「この世に命を授かったからには力の限り生き抜いて。それがほんのわずかでも誰かを喜ばせることにつながるかも」と訴え、愛知県碧南市の女性(68)は「人はつらいこともうれしいことも経験しながら、一生を通して成長するもの。努力を惜しまなければ幸せを得られると思う」と呼びかけた。
神奈川県の女性(31)はアルコール依存症の父が母を殴る家庭で育った。「子どもが将来どんな苦労をするかは分からず、子を産むのは親のエゴ」だと感じ、「子どもが生まれるのは善という価値観を変えたい」とも。出産した人には社会通念上「おめでとう」と声をかけるが、「かわいそうに、また犠牲者が生まれたと感じる。自分は産まないし、できれば他の人にも産んでほしくない」と話す。
生きているだけで頑張っている
愛知県春日井市の50代女性は、息子が15歳の頃に「まともに育てられないのに、自分たちの快楽のために子を産んで」と責められた。「僕はなんで生きているの、死んだ方がいいよね」とも。息子の悲しさを知り「つらさや気持ちをできる限り理解しよう、何事も否定せずに聞こう」と考えるようになった。
21歳になった息子は引きこもっていて「生きづらいのに、生きていてほしい、と思うのも私のエゴ」と思う気持ちもある。「生きるのは当たり前ではなく、一日一日を生きているだけで頑張っている。笑顔になれたことを思い返しながら過ごし、いい思い出をためていって」と記事の女性を思いやった。
なぜ反出生主義が注目? 識者に聞く
「死んだ方がよい主義」ではない 学習院大・小島和男教授
2006年に南アフリカの哲学者デイビッド・ベネター氏が哲学書「生まれてこないほうが良かった」を発表し、注目された。生まれれば快楽も苦痛もあり、生まれなければ快楽も苦痛もない。両者を比べると、苦痛がある前者の方が害悪で、人類は絶滅する方がよい、と説く。
2017年に邦訳された「生まれてこないほうが良かった」の訳者の一人である小島さんは、「反出生主義は攻撃的な思想で悪の秘密結社のような発想と思われがちだが、全然そうではない」と強調する。「生まれてくる以上は苦しみがあるので、その苦しみを減らしていこうという考え。害悪を増やすのはよくないので、子どもは産まない方がいいという話になる」
ただ、ベネター氏が主張するような反出生主義は、「(後で死ぬより今死んだ方がよいという)死促進主義ではない。生きてしまっている自分を大切にしましょうという考え方」と説明する。
さらに、「始める価値と続ける価値は違うというのが重要」と語る。生まれてきたのは自分の意思ではなくても、「じゃあ死んだ方がいいかというとそれは違う。われわれは始める価値はなかったけれど、大抵の場合は続ける価値はある人生を生きている」。
小島さんは、ベネター氏のような考え方の人が、特に若年層で増えていると感じている。貧困が進み、アルバイト代を生活費に充てる貧しい学生も多い。
「生きていることがつらければ、生まれてこない方がよかったと思うのは当たり前。切ない話だが、実感として反出生主義が受け入れられやすい世の中になってしまった」と分析する。
残りの人生どう生きるかのヒントに 早稲田大・森岡正博教授
反出生主義には、さまざまな考え方があるというが、森岡さんは「簡単に言えば、全ての人間は生まれてこない方がいいし、全ての人間は産むべきではないという思想」と説明する。
森岡さんによると、哲学の世界では2000年以上前から同様の考えが存在。古代ギリシャでは「生まれてこないのが一番いい」と誕生を否定する考えが見られ、古代インドには、「生まれることは苦しみだ」という思想があった。
20世紀になって、出産を全面否定する考えが加わった。「日本でよくみられる反出生主義は、子どもを産むべきではないという主張が多い」と森岡さんは指摘。その理由について、そう考える人が実際に増えた可能性のほか、「考え方は昔からあったけれど、言語化されなかった可能性もある」という。
一般社会では、これまで出産はほぼ肯定的に語られてきた。産むことを否定的に捉える考えは「すごく目新しいし、見る人にとっては衝撃的だと思う」。
森岡さんは、2020年に発表した著書「生まれてこないほうが良かったのか?」で、ベネター氏の主張を批判的に論じた。人生の大事なことを快か苦痛かという2つだけの要素で考えることは単純化しすぎで「人間が生きることの多様性が無視されている」と語る。
自身が反出生主義に共感する部分もある一方で「既に生まれてきてしまっている人が、誕生否定的な考えを持ったまま死んでいくのはすごく残念。有限の人生を生きようとする人が、残りの人生をどうしたらいいかを考えるヒントや、議論の下敷きにしてほしい」と期待する。
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