映画監督 山崎エマさん 6歳で単身イギリス、中学からインター 今の私は父の「当たり前方式」のおかげ

両親や夫との子育てについて語る山崎エマさん(五十嵐文人撮影)

各界で活躍する著名人が家族との思い出深いエピーソードを語るコーナーです
徹底された子育ての方針
イギリス人の父は大学教授で、常に人を笑わせようとする人です。日本人の母は高校の英語教師で、真面目な働き者。家でも宿題や授業の準備に向き合っていました。
夜寝る時間は小学4年生が終わるまで9時10分という決まりがありました。これは父が「当たり前方式」と呼ぶ教育方針で、親は「こういうもの」と示し、例外をつくりません。大晦日は起きていたいとお願いしても許してもらえませんでした。
毎日のルーティンは、歯を磨いたら読んでもらいたい本をまず自分で読んで、ノルマを達成したら父が音読してくれます。5年生以降は9時半消灯になりました。それでも、9時から始まるドラマ「金八先生」が最後まで見られなかったですけどね(笑)
家庭内で話す言語は、父とは英語、母とは日本語、3人の時は誰に向けた発言かによって言語を使い分けていました。私の息子が生まれてからその大変さが分かりました。
米国人で映画プロデューサーの夫(エリック・ニアリさん)は仕事で遅い日が多く、日本で暮らしていると英語が全然足りません。息子が1歳くらいから、私も時々英語で話しかけるようにして、日本語とのバランスを試行錯誤しています。
インターで見つけた将来の夢
私が日本の公立小を卒業し、中学高校はインターナショナルスクールに通うという流れも「当たり前方式」で、我が家では当然のことという空気がありました。本当は友達と地元の中学に行きたいのにという思いはあったけれど、親には言いませんでした。親と心の内をたくさん共有するような近い関係ではなかったからかもしれません。
もしあの時の感情で選んでいいと言われたら、地元の中学を選んだ確率はすごく高いです。でも、子どもの可能性を広げることに力を入れるインターで「映像」の授業を選んだことで、生涯のキャリアとなる映像制作と出合えました。今の時代、子どもの気持ちを尊重することが大切と言われ、もちろん重要だと思いますが、我が家の場合は親が選んでくれてよかったです。
他のところで選択肢はありました。やってみたい習い事はできる範囲で尊重してくれたし、旅行でどこに行きたいか家族会議で意見するなど、自分が主導権を握っているという感覚も十分に持てた子ども時代でした。
自立を優先して育ててくれた
小学校に入る前の6歳の時、一人でイギリスの祖父母宅に4カ月滞在し、現地の学校に通いました。当時の記憶があまりないので、本のために親にインタビューしました。「おじいちゃん、おばあちゃんと長くいられるよ」と促してもらって、気がついたら一緒に来ていたはずの親がいなくて…。寂しかった記憶はすごくあります。毎日、お母さんのTシャツを抱いて泣いて、付いていたスパンコールが落ちて。でも、現地で勉強をがんばった結果、ネイティブ並みの英語が話せるようなり今の私がつくられているので、感謝の気持ちでいっぱいです。

今3歳の息子を3年後に一人で夫の実家のあるニューヨークに行かせることができるかと考えると、すごく寂しい。私の親は、大きな決断をしてくれたんだなと思います。母は、「寂しい時もあったけど、いいプランだと思ったし、そんなに長くなかったし」と意外とあっさりしていてすごいと思いました。
おかげで6歳以降、親から離れて寂しいと感じることはなかったですね。親の愛情を感じなかったわけでもなくて、結構さっぱりした関係というか、子どもが自立することを優先して育ててもらうとこんな感じになるのかなと思います。
ニューヨークでキャリアをスタートさせると、自分が当たり前だと思っていたことが「勤勉だ」と評価されることがありました。時間に遅れない、与えられた役割にベストを尽くすなどの価値観はなぜ育まれたかを振り返ると、やはり日本の小学校教育です。もちろん日本の教育にも課題は山積みですが、それでも息子を日本の小学校に通わせたいと夫婦で話しています。
夫と家事育児のバランスは
夫は同じ船に乗る大冒険のパートナーです。いいことも悪いことも全て共有し合い、切っても切り離せない関係。家事と育児のバランスは、息子が生まれた頃は1週間の中で全てフィフティフィフティにしたいという気持ちがありました。
でも向き不向きもあるし、得意分野もある。夫が子どもと遊んでいる間に私が片付けをする方が楽だと気づいて、きっちり分担するのではなくて1年の中でバランスが取れればいいと思うようになりました。
息子が生まれ、お互いいろんな仕事に行くと、夫は「今赤ちゃん、どこにいるの」と聞かれないのに、私はよく聞かれます。父と母に対する社会からの圧の差が気になりました。
「(職場に子どもを)連れてこないんですか」と何度も言われるから、連れて行ってみたら仕事もできないし、いいママにもなれないという最悪な日を過ごしたことがあります。やっぱり仕事の脳と母の脳を同時に働かせることができなくて、両方うまくいかなかくて、罪悪感だけが残る。
海外出張が多い仕事で、息子と一緒にいられない時間が長く、葛藤していた時期もありました。他業界で活躍する先輩ママに「時間より質よ」とアドバイスされて楽になりました。
息子と離れるのは寂しいですが、帰ってきた時にしっかりと母親業ができるよう、一人でいる間に仕事をできるだけ進めて、子どもと向き合う。最近はそのバランスもうまくいっている気がします。最初はなかなかうまくいかず、去年同じことを聞かれていたら泣いちゃうくらい悩んでいたと思います。
親も一人の人間ということを
アカデミー賞にノミネートされた去年は、世界中を飛び回っていました。10カ国くらい息子と一緒に回りましたが、私の母や義理の両親を頼ってニューヨークに子どもを残して、自分はロス、ロンドンに行ってまた合流してという日々。数時間だけ会うとお互い離れるのがつらいという独特な時間でした。
夫も映画祭など出張がたくさんあるので、私たち家族は3人でいられる時間もすごく好きですが、ママと息子、パパと息子というそれぞれの過ごし方があると割り切って、楽しむことを心がけています。
子育ての方針はブレブレですが、そろそろ自分の中で決めたいなと考えているのは、親の心みたいなものをリアルタイムで見せるかどうかです。例えば、大変なことがあった日に、疲れていることさえ隠すのか。
私が子どものころは、親が悩んだり、泣いたりするところをほぼ見たことがなくて、大人になってやっと親も一人の人間だと感じました。親の感情を見ないことで安定した道を歩ませてもらったと思いますが、親との距離は近くなかったので、どこまで親として、人間として向き合うのか、というバランスを考えています。
いろんなことをさらけ出すと、子どもが親に気を遣って大変に感じるというデメリットもあると思います。でも、もうすでに感情はあふれていますね。腹が立つことがあると、いったん息子のいる場所から離れることがよくあります。親にも感情があることをコントロールしながらも見せる方向に行くんじゃないかなと思っています。

山崎エマ(やまざき・えま)
1989年、神戸市出身。「小学校~それは小さな社会~」(2023年)で東京都世田谷区の小学校に1年間密着し、学級会や運動会など日本独自の学校教育を描く。動画配信サービスNetflixなどで配信中。短編版が第97回米アカデミー賞短編ドキュメンタリー部門にノミネートされ世界から注目を集めた。3月に「それでも息子を日本の小学校に通わせたい」(新潮新書)を出版。
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